生活習慣病予防の最新知識 糖尿病

2015年には1,000万人を超えると言われる糖尿病。現在、糖尿病が原因で失明する人が年間約4,000人、透析に入る人が年間11,000人もいて、糖尿病はいまや失明、透析導入の第一原因です。また、糖尿病は日本人の死亡原因の2位、3位を占める脳卒中、心臓病と密接な関係にあります。診断・治療などについては清野裕京都大学医学研究科教授に、予防については岡山明岩手医科大学医学部教授に聞きました。

貴族の病気

糖尿病は、紀元前15世紀のパピルスにも書かれているというほど古くから知られる病気で、のどの渇きや多尿の末に、失明したり手足が腐ったりして死に至る恐ろしい病気として広く知られていました。日本で糖尿病で亡くなった歴史上有名な人物の一人に平安時代の藤原道長がいます。道長の家系には糖尿病患者が多かったようで、貴族特有の生活習慣とともに、糖尿病になりやすい遺伝的な素因があったと考えられています。

日本では現在、糖尿病患者が増えており、過食と運動不足がその理由とされています。つまり、現代の日本人は、まるで平安時代の貴族のような生活をしており、国民全体が貴族の病気の危機にさらされているという言い方もできるのではないでしょうか。

清野教授は「最近では、糖尿病の発症率はほぼ一定のレベルなのですが、日本人の寿命が延びているので、有病率という面では増え続けています。平成10年ごろは690万人だったのが、平成13年では720万人。2015(平成27)年には1,000万人を超えるという指摘もあります」と話しています。

さらに「日本と米国の有病率は、ともに7%弱でほぼ同じですが、米国の糖尿病患者のBMI(体重÷身長の二乗)が30であるのに対して、日本では24と米国の方が肥満が進んでいます。これからも日本人は糖尿病になりやすい体質であることが分かります」と話しています。

ブドウ糖とインスリン

ブドウ糖は、脳をはじめ体の中の多くの臓器の重要なエネルギー源です。食物を食べると、食物が消化管で消化され、血液中にブドウ糖として取り込まれ、血糖値が上がります。血糖値が上がると、膵臓にあるランゲルハンス島がそれを感知し、ベータ細胞からインスリンの分泌が増加します。

インスリンの作用で血中の糖分は筋肉、脂肪、肝臓に取り込まれ、血糖値は下がります。このようにして血糖値はほぼ一定に保たれます。一方、肝臓に摂取されたブドウ糖はグリコーゲンとして貯蔵され、空腹になって血糖値が下がると、インスリン分泌が低下し、血中に増加するグルカゴンの作用で、肝臓に蓄えられたグリコーゲンは分解されてブドウ糖となって再び血中に戻ります。

糖尿病は、このインスリンが不足したり、その効き目が悪かったりして高血糖になる病気です。症状としては、のどが渇き、尿が多く出て、疲れやすいなどが知られていますが、これらは血糖値が著しく上がった時の症状で、ひどいときは昏睡を起こして死に至ることもあるので注意が必要です。これらの症状は治療などで血糖値が下がれば改善します。

しかし一般には症状はほとんどなく、知らないうちに高血糖状態が長く続き、さまざまな合併症が起こります。合併症には、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性末梢神経障害、脳卒中、心筋梗塞などがあり、感染症にかかりやすくなることも知られています。

糖尿病性網膜症では網膜が破壊されて失明し、糖尿病性腎症では糸球体が破壊されて腎臓が機能しなくなって人工透析となり、糖尿病性末梢神経障害では壊疽を起こして手足を切断するなど、いずれも恐ろしい病気です。清野教授は「無症状が糖尿病の症状で、症状が出てからでは遅いのです。

しかし私の調査では、糖尿病と診断されて7、8年後に眼底出血や腎症などの症状が出てやっと通院を始めるというパターンが多い」と、糖尿病を軽視する風潮を嘆いています。

インスリン依存と非依存

糖尿病は、ベータ細胞が壊れてインスリンの分泌が不足して起こる1型糖尿病と、インスリンの分泌が不十分なうえに体がインスリンに対して十分に反応しなくなっている(インスリン抵抗性)ために起こる2型糖尿病があります。病気のステージである、インスリン依存状態と、インスリン非依存状態とに分ける方法もあります。

前者はインスリンを体外から注射して補充しないと生きていけない状態で、後者はインスリンが相対的に不足しているだけで、注射をしなくても生きていけるタイプです。食事療法や経口糖尿病薬だけでは良好なコントロールができないのでインスリン治療をしているケースもかなりありますが、これをインスリン非依存型状態といいます。

ほとんどの糖尿病患者が後者です。血糖値は正常値を超えてはいるが、まだ糖尿病とは診断されないケースは糖尿病予備軍と呼ばれています。日本糖尿病学会では境界型、WHO(世界保健機構)では耐糖能障害といいます。薬による治療は必要ありませんが、食事や運動に気をつけて糖尿病に進まないようにすることが大切です。

治 療

清野教授は「血縁者に糖尿病の人がいる人、20歳の時に比べて体重が10キロ以上増えた人、血圧が高い人、血のつながった人に脳卒中や心筋梗塞の経験者がいる人、運動をしない人。これらの人は定期的に診断を受けてほしい。とくに暴飲、暴食をした時に検査を受けると効果的に診断できます」とアドバイスしています。そして薬物治療については「最近、薬の作用機序が分かってきた。ベータ細胞の機能を少しでも長持ちさせる治療法が重要で、そのためにも患者に合った薬を選ぶことが大切でしょう」と話しています。

糖尿病は膵臓の機能が低下する病気です。このため薬物治療で改善が見込まれない時は、膵臓移植も試みられていますが、ドナー不足の問題とともに、免疫抑制剤を使い続けなくてはいけないという問題もあります。ブドウ糖やインスリンを通すカプセルに、インスリンを分泌する細胞を入れて人体に埋め込む方法も研究されています。清野教授は「安全性や再現性の問題、血糖値を感知してきちんと適量のインスリンが分泌されるのか、など課題は多いのですが、将来技術として期待しています」と話しています。

予防の意味

糖尿病のほとんどが2型糖尿病で、2型糖尿病は糖尿病になりやすい遺伝的な体質とともに、食生活と運動習慣の影響で発症すると考えられています。このため2型糖尿病は生活習慣病と考えられています。糖尿病を予防するということは、単に糖尿病だけにとどまらず、他の生活習慣病にも大きな意味を持つのです。

岡山教授は「糖尿病で腎不全を起こして亡くなるなど、糖尿病が死因そのものになるケースはむしろ少なく、多くの人は脳卒中や心筋梗塞で亡くなります。最近、糖尿病が脳卒中や心筋梗塞の強力な危険因子であることが認識されるようになりました。さらに、高血圧の人が糖尿病になると、脳卒中や心筋梗塞のリスクはいっそう高くなります」と糖尿病予防の意味について説明しています。

血糖値が115mg/dl以上の人は90未満の人と比べて循環器疾患で亡くなる相対危険率が5倍になるといわれています。一般的には、肥満(特に内臓の周りに脂肪がつく内臓肥満のケース)、糖代謝障害(高インスリン血症)、高血圧、高脂血症の4つがあると、脳卒中や心筋梗塞などの危険性がぐんと高まると言われています。これは、シンドロームXとか、死の四重奏など呼ばれています。

リスクファクター

岡山教授は「糖尿病の予防は、運動、肥満の解消、食事の3つです。これを毎日着実に行うことが大切です」と指摘します。また、糖尿病のリスクファクターについて「男性は女性の倍近く糖尿病になりやすい。老化もリスクファクターです。代謝機能の老化が糖尿病そのものを表している、といえるかもしれません。それから肥満。また、大阪ガスの岡田先生の研究結果では、運動習慣がない人はある人の倍くらい糖尿病になりやすいとなっています。あと、血圧が高いと糖尿病になりやすいことも分かっています。その理由はよく分かっていません」と説明しています。

飲酒について岡山教授は「まだはっきりしたことは分かっていません。やせた多量飲酒習慣者はそうでない人の3倍くらい糖尿病になりやすいという研究結果もあります。お酒は大量に飲むと食事の摂取エネルギーを増やすとともに、運動不足を招き、さらには代謝の乱れも招きます。

お酒を飲む人は、飲まない人に比べて、同じ肥満度でも、摂取エネルギーの量は多くなります。これは、お酒が体の代謝を攪乱しているのだと思われます。一方、飲酒習慣のある糖尿病患者は、飲酒習慣を改めることで糖尿病がよくなることが多いですね。ですから、飲酒習慣については、ビールなら1日1本以下、日本酒なら1合以下が適量です。なお、多飲とは日本酒なら1日2合以上のことです」と話しています。

たばこについては「たばこが糖尿病の合併症を悪化させることは明らかですが、糖尿病そのもののリスクファクターであるかどうかは不明です。でもたばこはあらゆる病気のリスクファクターなので禁煙は大切です」と警告しています。

食 生 活

エネルギーの摂取の総量を抑えることが大切です。体重と日ごろの運動量との関係で1日の適正エネルギーが決まります。まず、身長から適正体重を求めます。身長が165センチだったら、体重60キロ前後となります。次に1日の摂取カロリーを求めます。標準体重60キロで、デスクワークの人なら1,500キロカロリー程度、肉体労働者なら2,100キロカロリー程度となります。それに、エネルギーの総量だけでなく、数多くの食品を栄養バランスよく食べることにも気をつけます。

岡山教授は「これはまだ未発表の研究成果ですが、食事の全エネルギーで脂肪の占める割合が高い人は耐糖能が悪い傾向があります。日本人の摂取総エネルギーは減っているのに、脂肪摂取の割合はむしろ増えている。つまり、日本人の糖尿病が増えている隠れた要因が、この脂肪摂取割合ではないかと指摘されています。

1970年ごろのヨーロッパの研究で、糖尿病は糖が尿に出る病気なので、食事から糖分をなくしてその分脂肪ばかりとれば病気が良くなるのではないかという実験が行われました。しかしその結果は、むしろ病気が悪化しました」と、脂肪の摂取を減らすことの大切さを強調しています。そして岡山教授は、炭水化物の摂取の大切さも強調します。

「炭水化物、糖質の構成比は下げてはいけません。たとえば、カロリーを減らすために食事でご飯を茶碗2杯から1杯に減らすことは簡単ですが、その場合、もし脂肪の量が変わらなければ、相対的に脂肪が占める割合が増えることになり、よくありません。また、逆に脂肪分が増えてカロリーが変わらなかったら、最悪です。脂肪分を減らしてカロリーを減らすことが大切なのです」と食事療法のコツを説明しています。

運 動

運動をするとブドウ糖が体内で消費されて血糖値が下がるだけでなく、インスリンの効きもよくなります。1日30分くらい、ちょっと汗をかくくらいの運動をしましょう。別に運動着に着替えなくても、駅や職場でエレベーターを使わずに階段を使う、駅からバスを使わずに早足で歩く、などの工夫で十分運動になります。

岡山教授は「しかし、運動だけでは、食欲が出て食べる量が増えて、結局体重は減りません。私たちが厚生労働省の補助を受けて全国的に調査した結果では、やせた人でも太った人でも、男性でも女性でも、1キロやせれば、みなその分だけ血糖値やグリコヘモグロビン(HbA1c)が下がることが分かりました。

つまり、出発点の肥満度には関係ないということです。別の言葉で言うと、太っている人はもちろんのこと、やせている人も、その人の理想の体重よりは体重が多めになっているということです。ですから、やせている人も理想体重より1、2キロ 多いと思って減量を目標に頑張ることが必要です。しかし、太っている人の方がやせた人より健康教育の効果が大きく、体重をよく減らします。

つまり、太って運動をしていない人は、糖尿病に関してものすごく改善される可能性があるということです。逆に、やせている人はやせ過ぎが心配で、なかなか体重が減らない。このため、運動指導が大切です」と、やせている人も減量が大切だといいます。

子どもが危ない

糖尿病というと、太った中高年の病気というイメージがあります。しかし、医療関係者らの糖尿病予防キャンペーンの成果もあって、中高年の糖尿病患者は減る傾向を見せています。しかし、その一方で若年層の糖尿病が増えています。コンビニエンスストアやファストフード店などが街のあちらこちらにでき、小中学生だけで外食している姿もよく見掛けます。岡山教授は「最近のこどもの食事は脂肪摂取比率がものすごく高く、糖尿病のリスクが高い。さらに食べ過ぎているので、肥満も増えている。また、飽和脂肪酸が多いので、高脂血症にもなりやすい。

つまり欧米的な生活習慣病の形になりつつあるということです。30年後くらいには日本の疾病構造が激変すると思う」と、若年層の生活習慣病予防がこれから大きな課題になる、と見ています。

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