繰り言ですか
4か月ごとの検診に行ってきました。
これまでにも「してもしなくても」(5月)、「めでたさも中くらい?」(9月)と、定期検診のたびに書きましたけれど、触診で胸とリンパに局所転移がないかを調べるだけです(1年に1度はマンモグラフィーで調べます)。遠隔転移を早期発見しても乳がんの場合は生存率が延びないので、腫瘍マーカーや陽電子放射断層撮影(PET)などの検査はしないのが標準になっているのですね。
健康という基盤の上に全ての幸せがあります。健康を失った時に全ての幸せを失います。人間の身体は食べ物から作られます。医食同源です。栄養の事やメタボリック、ダイエットなど健康に関する健康情報館。
2012年2月 3日 -- 癌 --
4か月ごとの検診に行ってきました。
これまでにも「してもしなくても」(5月)、「めでたさも中くらい?」(9月)と、定期検診のたびに書きましたけれど、触診で胸とリンパに局所転移がないかを調べるだけです(1年に1度はマンモグラフィーで調べます)。遠隔転移を早期発見しても乳がんの場合は生存率が延びないので、腫瘍マーカーや陽電子放射断層撮影(PET)などの検査はしないのが標準になっているのですね。
2012年1月30日 -- 癌 --
県が、がんの経験者からの声を集めて作成した冊子(県庁で)
がんを告知された人が、前向きに闘病生活を送るきっかけや早期発見のための啓発などに利用してもらおうと、県は、県内のがん経験者からの励ましの言葉や体験談を集めた冊子「がん経験者からのメッセージ」(A5判、20ページ)を2万部作成した。
2012年1月27日 -- 癌 --
こうした小さなノートに記録しています
抗がん剤治療をしたころから、毎日の体調などを小さなノートに記録しています。内容は、朝の体重と体温、食事内容と特記すべきことがあればそれをといった非常に簡単なものです。
子供のころから、日記を書き始めても長続きせず、夏休みの宿題として出された日記も8月末にまとめて書いていました。ですが、今回のメモは2年近く続いています。これも、がんがもたらした変化ですかね。
2012年1月16日 -- 癌 --
乳がんのことを忘れて調子づいている時に私を現実に引き戻すのが、時々やって来るチクチクするような胸の痛みです。
インプラント法で乳房の再建手術をした方なら皆、同じような体験をしていると思います。人工乳房(シリコーン・バッグ)を入れた当初は、かなり頻繁に軽い痛みがありました。バッグの端があたっているという感覚です。医者に申告すると「皆さん言いますねえ」とのこと。いつになったら消えますか、と聞くと、「いつまでも続くようですが、そのうち慣れるようですよ」との回答でした。
2011年12月30日 -- 癌 --
約15年ぶりにディスコに行きました。といっても1980年代から90年代前半の曲がかかるという夜でした。40歳代以上とおぼしき人々が早い時間から、楽しく踊っていました。
「イイトシして」と眉をひそめる方もいるでしょう。が、今回ばかりは、「その通りですが、何か?」と開き直りましょう。
2011年12月21日 -- 癌 --
「50/50 フィフティ・フィフティ」(米、2011年)という映画を見ました。「悪性神経鞘腫(しょうしゅ) 神経繊維肉腫」という珍しいがんが見つかり、5年生存率は50%のアダム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)という20代の若者と、彼を取り巻く人たちのストーリーです。ガールフレンドは、アダムががん患者であるという現実に耐えきれず、浮気してしまう。親友は彼の病気をネタに女性を引っかけようとするし、母親はヒステリー気味に心配するのでうっとうしい。
2011年12月13日 -- 癌 --
口や鼻から機器を入れ、がんを切除する内視鏡手術。繰り返し、がんを切除することも可能だ(東京医科歯科大病院で)
東京都の佐藤孝四郎さん(75)は2006年に食道と下咽頭(のどの奥側)にまたがるがんが見つかり、東京医科歯科大病院(文京区)食道・胃外科で内視鏡手術を受けた。
食道がんは、のどにできる喉頭がんや下咽頭がんを併発しやすい。佐藤さんは09年3月に、検査で新たな下咽頭がんが見つかり、同病院耳鼻咽喉科・
2011年12月 3日 -- 癌 --
前立腺がん検診の有効性について、死亡率を下げる効果があり行うべきだとする見解と、死亡率低下は明らかでなく不要な検査などの不利益も大きいとする異なる見解が、米国や日本の学会などから出され、議論になっている。(藤田勝)
2011年12月 2日 -- 癌 --
私、最近、腹巻きを欠かせません。寒くなったからではなく、今年の春から着け始め、暑い夏もはずしませんでした。
免疫細胞が腸に集中している、腸内環境を整えましょう、と盛んに腸の重要性が語られているのと、漢方医の診察の際に、私のおなかがいつもひんやりしていることに気づかされたからです。平熱35度台と体温が低い私の体のなかでもとびっきり冷え切っているので、どうにかしたいと思いました。
2011年11月28日 -- 癌 --
政府は、震災からの復興を後押しするため、福島県を最先端の医療拠点にして、がんの新しい治療法研究などを進める方針です。その中で実用化が期待されている放射線療法「ホウ素中性子捕捉療法」とは、どんなものなのでしょうか。
2011年11月26日 -- 癌 --
先日、「がんになって良かったと思いますか」という質問を受けました。
そういえば、インターネット上などでは、「がんになって良かった」という趣旨の発信をなさっている方が結構いますね。命の重要性を知ったとか、周りの人の温かさに触れたとか、理由はさまざまなようです。
2011年11月20日 -- 癌 --
日本の笑いの原点ともいえる狂言を見に行きました。国立能楽堂で行われた「忠三郎狂言会」です。会の名称となっている大蔵流狂言師・茂山忠三郎さんは、今夏、亡くなられたので追善公演でもありました。長男の茂山良暢(よしのぶ)さんが2番を熱演しました。
狂言の中にしばしば登場する召し使いの太郎冠者は、酒好きで悪知恵を働かすことが多いのに、なぜか憎めない人物。対して、太郎冠者が仕える殿様はドジ。こうした人たちが笑いを巻き起こすというのが狂言でよく見られるパターンですね。
2011年11月13日 -- 癌 --
年1回の人間ドックを受診しました。
昨年のドックでは胸部コンピューター断層撮影法(CT)で、肺に「微小結節」と「肺のう胞」が見つかり、乳がんが肺に遠隔転移したのかと心配しました。数か月を経ての再検査で、「肺のう胞」などの大きさがほとんど変わっていなかったことから、がん細胞ではないだろうということになっていました。
2011年11月12日 -- 癌 --
親ががんになった時、幼い子どもは、大きな衝撃を受ける。何をどう伝え、支えれば良いのだろうか。(中島久美子)
「がんの親をもつ子どものプログラム」で、娘の萌花ちゃんが制作した作品を手に体験を語る杉原佳子さん=藤原健撮影
2011年11月 2日 -- 癌 --
予告通り、今回は、株式会社バスクリンの広報責任者・石川泰弘さんに教えてもらった入浴に関するお話です。
入浴には、浮力、温熱、水圧の三つの効果があるそうです。
浮力を受けると体が軽くなり、筋肉の緊張がほぐれ、関節への負荷も軽減され、心と体がほぐれてリラクゼーション効果を生みます。
2011年10月27日 -- 癌 --
先日、温泉に出掛けました。
いい湯だなーとリラックス。ほっこりして、心にも体にも良いことをした、つもりでした。
ところが、脱衣所に掛かる、湯の成分、効能、禁忌の一覧表を見てがく然としました。禁忌の欄に「悪性腫瘍」とあったからです。「悪性腫瘍ってがんのことでしょ。ということは、良かれと思って入った温泉が、がんには悪いってこと?」
2011年10月23日 -- 癌 --
仕事でひどいストレスに晒(さら)されることが最近、ありました。以前、とくに編集局にいる時はこのくらいのストレスは気にならなかったのですが、術後の今は、身体にどんな影響があるのかと不安になってしまいます。
首の周囲から背中にかけてが、がちがちにこり、腸の様子もいつもと違う。「あ~、ストレスのせいだ。まずい」と焦りました。
2011年10月14日 -- 癌 --
TLC。この言葉が何を意味するかご存じですか。TLCは、「Tender Loving Care」という医療の専門用語の一つです。
今、日本全国では独立したホスピス5か所と、病院に附属して癌末期の患者を収容する緩和ケア病棟、英語でPalliative Care Unit(PCU)の病棟が全国で216(病床数は4,522床)あります。がんで死亡する日本人は1年に34万人もいますが、緩和ケア病棟に収容されて死亡される方を収容出来る病床はそのニーズの1.3%にとどまっています。
2011年10月13日 -- 癌 --
アップルの共同創業者であるスティーブ・ジョブズ氏が膵臓がんとの闘いの末に亡くなりましたね。皆さんは、このニュースをどう受け止めましたか。
2004年の手術以来、やせ細った体でメディアに登場していたし、今年8月に最高経営責任者(CEO)の座から退いたから、「もう長くはないのだな」とは思っていましたが、時代を創った人の早すぎる死でした。
2011年10月 9日 -- 癌 --
10年位前までは日本の世界一胃がんが多い国だと言われていました。現在は、日本は世界のうちでも肺がんが多い国と言われるようになりましたが、胃がんに苦しむ患者さんは今もなお、非常に多い状況です。
しかし、アメリカ合衆国に住む日本人二世は、アメリカ人同様、胃がんは極めて稀とされていました。日本に住む日本人とアメリカに住む日本人二世とにこんなに差のあるのは、恐らく食事習慣の違いだという説が有力でした。
2011年10月 8日 -- 癌 --
4か月ぶりに定期検診に出掛け、異常がないことがわかりました。5月の「してもしなくても」の回で書きましたが、乳がんの場合、再発・転移をあまり早期に発見して治療しても、生存率は伸びないことがわかったそうです。
2011年10月 2日 -- 癌 --
――作品作りで心がけたことは。
「父の死は悲しい体験だったけれども、決して悲しいだけじゃありませんでした。父が死んでも関係が断絶するわけじゃない。私の“今”と地続きでつながっていると感じることができました。死は決して、無になることではない。それは希望といってもいい。作品には、そうした光のようなものを閉じこめたつもりです。その光も最後まで見てもらって初めて感じ取ってもらえるものだから、90分間楽しんでもらえるように、全体的にユーモアを失わないようにしようと思いました。父は深刻なことがあっても、最後は笑いで和ませるという人だったから、そういう意味では悲しいシーンでも救いを感じてもらえるかもしれません」
2011年10月 1日 -- 癌 --
――がんの父親を撮影するのはつらくなかったですか。
「中学生の頃から、家族の日常を撮影してきましたが、がんが分かってからは、気軽に、自然に父を撮ることはできなくなりました。告知直後は撮影をするような余裕はなく、治療が始まってから、あらためてカメラを回し始めたんですが、精神的にきつくなり、一度やめました。ただ父を最後まで撮影したいという気持ちはずっと持っていました」
2011年9月30日 -- 癌 --
父親ががん告知を受けてから亡くなるまでの約半年を実の娘が映像で追ったドキュメンタリー映画「エンディングノート」が10月から公開される。撮影・編集・監督の砂田麻美さん(33)は、どんな思いでがんの父の映画を作ったのだろうか。
| 砂田麻美(すなだ・まみ) |
|---|
| 1978年、東京都生まれ。慶応大在学中からドキュメンタリーの映像作品を制作。大学卒業後はフリーの監督助手として、是枝裕和監督らの映画制作に参加。「エンディングノート」が初監督作品。 |
2011年9月23日 -- 癌 --
がんサバイバーである知人が、「がんが発見されてしばらくたった頃に、カルトに入りそうになった」という体験を語ってくれました。「手術から5年を過ぎて再発・転移が見られない今だから告白できるの」とも付け加えました。それまでは、また、引きずり込まれそうになる可能性を「否定できなかった」というのです。
2011年9月21日 -- 癌 --
酒を飲まない者同士で居酒屋に行く、という初めての体験をしました。
このブログを読んで下さっている方ならご存じの通り、私は、がん手術後もアルコールに関しては、控えめにしているだけで完全にやめたわけではありません。飲む回数はかなり制限している(私にしてはですけど)ので、これまでも外食の際にアルコールを一切飲まないことは度々ありました。
ただ、この夜は、病気をきっかけに完全断酒しているという後輩と2人だったので、私もそれにつきあい、誰も飲まないのに居酒屋ということになりました。店がどういう反応を示すのか、果たして間が持つのかと心配しました。
2011年9月10日 -- 癌 --
――福島第一原発事故の影響は、チェルノブイリから学ぶものが多いとお考えです。
浦島 事故後、チェルノブイリの事故だけでなく、原子力施設の周辺の健康影響など放射線に関する論文を読み直しました。論文になっていても、科学的には証拠が十分と言えないものもあり、精査しました。
チェルノブイリ原発事故の結果、増えたのは子どもの甲状腺がんだけでした。放射性ヨウ素131が牛乳に混ざっていたことが主な原因ですが、旧ソ連の出荷制限基準値は、1キログラムあたり3700ベクレルで、しかも基準値を超えた原乳は粉ミルクを含む乳製品に回されました。日本の基準は10分の1以下の同300ベクレル、粉ミルクは同100ベクレルであることを考えると、これらの基準がきちんと守られていれば、日本では将来、子どもの甲状腺がんはチェルノブイリほどには増えないと思います。
2011年9月 5日 -- 癌 --
後から考えると「何であんな行動を取ったのだろう」と、不思議に思うことはないですか。
私は、結構あります。がんのことで「何で」と思うのは、職場復帰の時期です。手術後、ドレーンに流れ出てくる液がなかなか減らなくて結局、11日間入院しました。そして、退院から5日目に出社しました。ちょっと早すぎたと今では思います。同時再建で入れたインプラントを定着させるために、左腕を肩の高さ以上は上げてはいけないという制約もありましたし。
2011年9月 2日 -- 癌 --
――奥様を失った喪失感を、どうやって埋めていったのですか。
眉村 関西には「日にち薬」という言い方があります。どんな悲しみや苦しみも、月日がたてば乗り越えられる、という意味です。ただ、私の場合は、立ち直って元の自分に戻ったというよりは、新しい自分になっていったという感じですかね。ピースが欠けたジグソーパズルが、小さくなって固まるというか。物書きであることも、心の整理に役立ったかもしれません。
2011年9月 1日 -- 癌 --
――「1話」に対する奥さんの感想はどうでしたか。
眉村 「これ、面白いのに、売れへんの」と言うこともあれば、「ふーん」でおしまい、ということもありました。「これはないよ」と言われれば書き直し。ボツにならないよう、一生懸命書きました。始めて100日目ぐらいに、家内が「(1日1話を)やめてもいいよ」と言ったことがあります。気の毒だと思ったんでしょうな。でも、お百度参りみたいなものだから、やめたら、病気が悪くなるような気がするでしょう。家内が読める限り書き続けるつもりでした。亡くなる1週間から10日前は、家内はほとんど寝ていて、最後は意識もなくなりましたが、何とか書いて、枕元で読んでいました。人は最後まで、耳が聞こえているといわれますよね。家内も、もう意識がない時に、私が病室に戻り、娘が「お母さん、お父さん帰ってきたよ」と言ったら、嬉しそうな顔をしたそうです。
2011年8月31日 -- 癌 --
作家の眉村卓さん(76)は、妻の悦子さんを、大腸がんのため2002年に亡くした。悦子さんの闘病中、ショートショートを毎日1
話ずつ、計1778話つづったエピソードは、今年初めに映画化もされた。大切な人を失った後の心の立て直し方について話を聞いた。(針原陽子)
| 眉村卓(まゆむら・たく) |
|---|
| 1934年、大阪市生まれ。小説家、日本ペンクラブ理事。作品に「なぞの転校生」「ねらわれた学園」「消滅の光輪」などがある。最新刊は「しょーもない、コキ」(出版芸術社、1365円)。 |
2011年8月24日 -- 癌 --
東京では、気温34、35度の暑い日が続き、仕事をするのが精いっぱいでした。朝早く出社するなど、なるべく炎天下を避けていましたが、それでも体が弱っていくのが感じられ、免疫力の低下を心配する毎日でした。
ようやくほんの少しだけですが気温が下がってきたので、また、ジムで水中エクササイズでもしようかと考えています。医師から「適度な運動をすることが重要」と言われているからです。
2011年8月19日 -- 癌 --
入社以来、男性が圧倒的に多い職場にいるのですが、がんが見つかってから、同性はもとより様々な男性に励ましてもらっています。
大先輩から、かつて自らが病と闘ったことなどをつづった長文の手紙をいただいたり、多忙な立場にもかかわらずご飯に誘ってくださる方がいたり、ついつい落ち込む時の話までしてしまったら、ある著名人の元気を出す方法を教えてくださり、さりげなく、がんばれというメッセージを送ってくれる方がいたりと、その気配りに涙が出ました。
2011年8月17日 -- 癌 --
先日、某所でシェークスピア劇「真夏の夜の夢」を見ました。
夏至の頃のこと、アテネ公シーシアスはアマゾン国の女王ヒッポリタとの結婚を控えているという設定で幕が開く喜劇ですね。四角関係にある2組の男女や妖精パックなどが主な登場人物ですが、今回は、出番の少ないヒッポリタに思いをはせてしまいました。
2011年8月 3日 -- 癌 --
「病院にはひとつだけ条件を言ってある。絶対に苦しませないで逝かせてくれ。葬式も葬儀屋と段取りや料金を相談している。家族だけ10人ほどに集まってもらう。自分で読んだ般若心経と家族に残す言葉を録音しておいて流してもらう。録音はスタジオですよ。俺の人生は楽しかった。みんなも、それぞれに楽しんでくれ。そんな内容かな。葬式は30分で終わる。それから、酒でも飲みながら、故人は頭が悪かったとか、話題にしてもらえばいいよ」
2011年8月 2日 -- 癌 --
最初の妻との間には子どもがなく、すでに亡くなった。2人目の妻には娘が二人。25年間連れ添った3人目の妻、女優のホーン・ユキさんとの間には男の子が3人。2004年に離婚してからは、神奈川県内のアパートで一人暮らしを続けている。
「脇役でナンバーワンといわれるほど稼いできたんですが、なんにも残ってませんよ。女を作ってうまくやるなんてできなくて、だから付き合うと結婚するんです。役所的なんですよ。離婚の都度、持っているものは譲って、子どもが20歳になるまでは、毎月養育費を払ってきました。娘二人は、それぞれスペイン人とエクアドル人と結婚。一番下の男の子がこの夏、結婚ですよ。2人目の妻の時は、鎌倉の家と土地を渡して、再婚した相手が作った借金まで払っていますよ。だから、いい思いをしたことはないし、質素な生活には慣れているんです」
2011年7月28日 -- 癌 --
入川さんは、テレビシリーズ「水戸黄門」の悪役を100本以上、NHKの大河ドラマも「徳川家康」(1983年)など8本、映画や舞台も数多く出演してきた。若いころは映画で主役を務めたこともあるが、芸能界では脇役として確固たる地位を築いた。昨年7月は、藤山直美さんと前川清さん一座の沖縄巡業に加わっていた。
2011年7月18日 -- 癌 --
先日、ある先輩が「秦野君はようやく回復期に入ったようだ」と第三者に語っていると知り、驚きました。
がんを手術してから1年余り。再発・転移の多くは手術から2~3年後に見られるわけですから、現在、危険水域まっただ中。一般的な治癒の目安となる5年は、まだまだ先です。乳がんの場合は、がん細胞の増殖が遅いから、5年たっても安心できない、ということまで知って欲しいとは言わないまでも、「回復期」はないでしょう。リンパ節の切除はなかったので浮腫がなく、リハビリしていたわけでもないのだから。
2011年7月17日 -- 癌 --
去る7月9日、10日の両日、私が理事長を務めている財団法人ライフ・プランニング・センター主催の「がんサーバイバーとして生きる」をテーマにしたフォーラムが、東京の聖路加看護大学講堂で催されました。
がんサーバイバー(cancer survivor)という言葉は、「ヨミドクター」の読者の方々にはもちろん、医師や看護師などの医療職にも耳新しい言葉だと思います。
2011年7月 9日 -- 癌 --
同時再建について書いた前回のブログにmarukoさんが、10年前、33歳未婚での右乳房切除と同時再建という体験を書いて下さいました。その中で「恋愛、結婚、子供の3ワードを、乳癌の告知時点ではずしてしまった」とあったのが非常に気になりました。「はずしてしまった」というのは、もはや自分の人生においては関係ない物としてあきらめたという意味ですか。
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