隠れ糖尿病とその予防

糖尿病の患者数は全国でざっと600万人。ここ30年間で10倍に増え、境界型などグレーゾーンを含めると1,500万人に及ぶ。成人の4人に1人が患者かその予備群といわれ、子供や若者にも裾野が広がっている。まさに「糖尿病国ニッポン」なのだが、世界的にも増加傾向にあり、2000年までには世界の患者数は1億人を突破するだろうと、WHO(世界保健機関)は警告している。

自覚症状なくジワジワ進行

地球規模で身近な国民病になったわけだが、この病気の最も特徴的な点は、自覚症状がないということだ。家庭医学書には「のどの乾き。多尿。疲れやすい。体重減少」などと判で押したように同じことが書かれているが、過激な症状が出るのは、病気がかなり進行してからである。

つまり、典型的な症状は無症状、ということになる。痛くもかゆくもないので、健康診断などで糖尿病を指摘されても現実味が薄く、「大丈夫だろう」などと素人判断で放置しがちだ。ところが、この間に病気はジワジワと静かに進行していく。

糖尿病は万病の元

「糖尿病は万病の元です」という東京慈恵会医科大学健康医学科の池田義雄教授は、「管理を怠ると全身の血管がボロボロになり、初期には動脈硬化を促進し、後期にはこわい合併症を起こす」と指摘する。

糖尿病とは、血糖値(血液中のブドウ糖値)が慢性的に高くなる病気だ。これは、膵臓で作られるインスリンというホルモンの量が少ない、全く出ない、あるいはインスリンの働きが出にくいため、糖代謝(ブドウ糖をエネルギーに分解する作用)がスムーズにいかないために起こる。

インスリンは血糖値を一定に保つ調整薬としても重要だ。誰でも食後は血糖値が上がるが、2~3時間後には下がる。これは自動的にインスリンがたくさん作られて血糖値を下げ、血糖値が元に戻るとインスリンの生産量も自然に減少する、という働きがシステム化されているからだ。

ところが、糖尿病では、一連のシステムは「開店休業」になり、血管は常に糖分浸けになる。こうなると、ブドウ糖はエネルギー源から一転してトラブルメーカーと化し、腎臓・眼・神経・動脈など全身を脅かしていく。

日本人におおいⅡ型

糖尿病の種類はⅠ型(インスリン依存型糖尿病)とⅡ型(インスリン非依存型糖尿病)に大別される。Ⅰ型はウイルス感染などが引き金になって、自己免疫異常の発現によって起こる。糖尿病の3%程度がⅠ型で、15歳までの子供に多い。

対してⅡ型は日本人の糖尿病の約95%を占め、一般的に糖尿病というとこのタイプを指す。増加に拍車をかけているのは、食べ過ぎや肥満、運動不足、ストレスなどの環境因子にあるが、そもそもは遺伝子因子が関与している。遺伝子因子を持っている日本人は5人に1人だが、池田教授は「遺伝要因に環境要因がプラスされて初めて発病する」と語る。

糖尿病

一触即発!境界型は要注意

本物の糖尿病もさることながら、問題は境界型である。境界型とは糖尿病予備群のことで、健康診断などで「チョット血糖値が高い」などと指摘されるグレーゾーンである。いわば隠れ糖尿病というところか。その血糖値は空腹時で110以上140ミリグラム未満(正常は70~110ミリグラム、糖尿病は140ミリグラム以上)。糖尿病ほど高くないが、正常値よりも高い、という中途半端な状態なだけに、病気を自覚しにくいが、実はこの段階ですでに動脈硬化が進み、一方では、高インスリン血症が起こっている。

高インスリン血症とはインスリンが通常より余分に生産される状態だか、無理が重なるとロクなことはない。高血圧や肥満が進行し、中性脂肪が上がり、耐糖能障害が起こる。これを死の四重奏、あるいはシンドロームXと呼び、ポックリ死のリスクがあるので穏やかでない。それだけに池田教授は、「境界型と診断された時から定期的な検査を受け、生活習慣を見直す必要がある」と力説する。

恐い3大合併症

このような、いわゆる隠れ糖尿病は、初期とはいえ、一触即発の情勢なのだが、後期に至ってはもっと始末が悪い。治療も受けずに放置していると、網膜症、腎症、神経障害など3大合併症が出る確立は、15年で50%、20年でほぼ100%だという。実際、成人の中途失明の第1位は糖尿病性網膜症で、失明者は年間3千人にも及ぶ。また、人工透析患者の30%は糖尿病性腎症が占め、トップの慢性腎炎を追い越す勢いで伸びている。

神経障害は痛みを伝える知覚神経がやられ、たばこの火が足に落ちても熱いと感じなくなり、進行すると、足の切断をしなければならないような最悪の展開となる。動脈硬化にかかるリスクは糖尿病でない人に比べ10倍も高い。感染症や水虫、歯槽膿漏にもかかりやすい。

ライフスタイルの改善を

糖尿病

以上のようにみてくると、まさしく病気の百貨店である。そして糖尿病は生活病みたいなものである。症状がないからといって、不摂生な生活を続けていると、病気は確実に容赦なく進行し、からだ全体を破滅に追いこむことは合併症のデータで明白だ。お呼びでない合併症を阻止し、病気の進行を遅らせるためには、ライフスタイルの根本的な仕切り直しが必要である。とはいうものの、身の周りには糖尿病を促進させる「誘惑」に事欠かない。この「誘惑」をはねのけ、病気の進行を遅らせるためにはどうしたらよいだろうか。

●肥満は大敵!食生活の改善を

食べ過ぎ、飲み過ぎ、ストレスの3拍子は現代人にとって縁もゆかりもあるものばかりで、どう手なずけるのか知恵のいるところだが、池田教授は「Ⅱ型糖尿病患者の80%は肥満者。まずは肥満解消を」と指摘する。「太るとからだ中に中性脂肪がギッシリたまり、インスリンを受け入れるレセプター(受容体)の働きが鈍化し、インスリンの居眠り状態に拍車をかける」という明快な理由からだ。つまり糖尿病にとって、肥満は元凶なのである。

ストップ・ザ・肥満の第一歩は食生活の改善しかない。そのためには次のことに気をつけるとよい。

1)バランスよく食べる
栄養が偏らないよう朝、昼、晩の3食をバランスよく何でも食べることが基本だ。特に、海藻類や野菜などの食物繊維は、血糖値や血中コレステロール値を下げる食品として注目されている。ワカメやヒジキ、キノコ、コンニャクはノンカロリーで満腹感が味わえる。
2)塩分は控える
塩分の摂り過ぎは脳卒中や心臓病の原因になるので、普段から無理のないように薄味に慣れる。例えば焼き魚やサラダにはレモンを、といった具合に、塩分を減らした分は薬味や香辛料で補う。
3)外食には工夫を
外食や会食、宴会料理には一工夫したい。立ち食いそばなどで済ます時は牛乳や野菜ジュースをプラスする。めん類は具だくさんのものを選び、塩分の多い汁は残す。定食や丼物のご飯は半分は残す、というように残し上手になる。外食は野菜が不足しがちなので、サラダやおひたしなどをプラスする。肉は脂身を落とし、鶏のささ身やヒレ肉など脂分の少ないものを選ぶ。天ぷらは衣を外す。宴会料理なども律儀に平らげずに、適当に残す。
4)早食いはやめる
多忙なサラリーマンは早食いになりがちだが、早食いは一挙に血糖値を上げ、肥満の原因になる最悪の食べ方。満腹中枢が「おなかいっぱい」と指令を出す間にたくさんの量を食べてしまうので、ゆっくりよくかんで食べる。
5)甘い物は控える
この際、思いきって控えたいのはケーキやチョコレートなどの甘い物と、夜遅くの間食だ。しこたま飲んだ後の仕上げにラーメンかお茶漬け、のパターンとはきっぱり縁切りする。
6)カロリーブックを利用する。このほか、肥満防止のおいしい食べ方のヒントは市販のカロリーブックが役に立つ。

●適度な運動を

食事療法と同じくらいに重要なことは運動である。運動すると血糖値が下がり、余分なブドウ糖も効率よく消費されることは、数々のデータで実証されている。

効果が発揮されるのは、運動開始から20分くらい経ってからなので、1回に15分から30分の連続運動を毎日2~3回行う。少し汗ばみ、息がはずむ程度が適度な運動量の目安だ。これに相当する運動量は、ウォーキングなら15~20分、平泳ぎ8分、テニス9分、ゴルフ16分。

池田教授は「その気になって行う運動による消費エネルギーは1週間で500~1,000キロカロリーを目安に」という。運動の強さは、1単位(80キロカロリー)を基準に、「非常に軽い」「軽い」「中程度」「強い」に分けられる。
▼非常に軽い(30分続けて1単位)運動は散歩。炊事、掃除、買い物、軽い体操など。
▼軽い(20分続けて1単位)運動はウォーキング、入浴、階段の下り、ゴルフなど。
▼中程度(10分続けて1単位)の運動は軽いジョギング、階段の上り、速歩、スキーなど。
▼強い(5分続けて1単位)運動はマラソン、縄飛び、平泳ぎなど。
忙しい人は、往復の通勤を利用して1駅歩くなどでも十分だ。

●ストレス、アルコールはほどほどに

糖尿病

次にストレス。ストレスがかかると副腎からカテコラミンというホルモンが登場してインスリンの働きを邪魔し、血糖値を上げる。ストレスをなくすことは不可能なので、十分な睡眠や趣味など自分流の息抜き方を探す。アルコールもほどほどに。アルコールは少量でも胃の粘膜を刺激して食欲を増進させるばかりか、1グラム7キロカロリーと高カロリーなので、肥満の引き金になる。暴飲暴食は、なけなしのインスリンを無駄使いさせることになるので、気をつけたい。

「一無、二少、三多」で病気を手なづける

こうしたライフスタイルを総括して、池田教授は「一無、二少、三多」を提唱する。一無は禁煙、二少は少食と少酒、三多は運動をよく行い(多動)、休養をとり(多休)、多くの人、事、物に接し、クリエイティブな生活を営む(多接)、ということだ。病気の主役は自分自身である。定期検診を受けながら、病気の状態を把握し、生活管理を行うことが、病気を手なづける鍵になる。

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