2010年8月28日 -- 心の病 --

サヘルとフローラ ・後編 (下)

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 フローラは、相変わらずペルシアじゅうたんの刺繍をしながら、サヘルの夢を応援している。

 「世界を目指しなさい。もし海外で勉強したいのだったら、すぐにでも行きなさい。お金は必ず私が何とかする」

 それにしても、このフローラという女性の強さは何なのだろうと思う。瓦礫のなかから救出した赤の他人を、命がけで育てている。イランにいれば裕福な生活ができるのに、それも投げ打った。婚約者も失った。多くのものを失ってまで、なぜ、と思う。

 フローラは、サヘルを引き取ろうとしたとき、周囲から反対された。難しい環境で子どもを育てても、その子はたいした大人にならない、とさえ言われた。フローラは、その人たちに証明してみせたいのだという。

 「ほら、血がつながっていなくても、一生懸命育てれば、自分の思いは伝わるのよ」と。

 サヘルは母に恩返しをしたくて、「何をしたら喜んでくれる?」と聞く。フローラは、「あなたが輝いていてくれたら、それでいい」と答える。偽りのない、心からの言葉だと思う。

 「それなら、私はお母さんのために、好きな仕事を一生懸命にしよう。やるからには、頂点を目指そう」

 将来、ハリウッドに行って、オスカー像を獲ること。そして、それをフローラに渡したい。それがサヘルの夢だ。

 「お母さんが私にしてくれたことは、すごく難しいことなんです。彼女こそ、オスカー像をもらうべき人なんです」

静岡県のクレマチスの丘にある美術館の庭で。ラジオ放送の真剣な打ち合わせに疲れ、思わずゴロンと横になったサヘル・ローズ

 サヘルをゲストに迎えたその日のラジオ放送で、ぼくは、あるサッカー少年の話をした。彼は、上咽頭がんをわずらい、17歳で逝った。その少年のお母さんから、出演者とスタッフにロールケーキが差し入れられた。息子の分まで生きてほしいという思いがこめられている。お母さんの愛情が入った、甘いケーキだった。

 「とってもおいしかった。私のお母さんにも食べさせてあげたい。いいでしょうか?」

 サヘルは余ったケーキを大事に包んで持ち帰った。あたたかいなあと思った。

 フローラの生きる希望はサヘル。サヘルの生きる希望はフローラ。サヘルとフローラ。15歳違いの娘と母。お互いの足元を照らしながら、困難な道を歩んできた。そして、これからもその歩みは続く。


プロフィール
鎌田實さん
鎌田實 かまたみのる
誕生日:1948年6月28日
諏訪中央病院名誉院長
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