サヘルとフローラ ・後編 (下)
フローラは、相変わらずペルシアじゅうたんの刺繍をしながら、サヘルの夢を応援している。
「世界を目指しなさい。もし海外で勉強したいのだったら、すぐにでも行きなさい。お金は必ず私が何とかする」
それにしても、このフローラという女性の強さは何なのだろうと思う。瓦礫のなかから救出した赤の他人を、命がけで育てている。イランにいれば裕福な生活ができるのに、それも投げ打った。婚約者も失った。多くのものを失ってまで、なぜ、と思う。
フローラは、サヘルを引き取ろうとしたとき、周囲から反対された。難しい環境で子どもを育てても、その子はたいした大人にならない、とさえ言われた。フローラは、その人たちに証明してみせたいのだという。
「ほら、血がつながっていなくても、一生懸命育てれば、自分の思いは伝わるのよ」と。
サヘルは母に恩返しをしたくて、「何をしたら喜んでくれる?」と聞く。フローラは、「あなたが輝いていてくれたら、それでいい」と答える。偽りのない、心からの言葉だと思う。
「それなら、私はお母さんのために、好きな仕事を一生懸命にしよう。やるからには、頂点を目指そう」
将来、ハリウッドに行って、オスカー像を獲ること。そして、それをフローラに渡したい。それがサヘルの夢だ。
「お母さんが私にしてくれたことは、すごく難しいことなんです。彼女こそ、オスカー像をもらうべき人なんです」
◇
静岡県のクレマチスの丘にある美術館の庭で。ラジオ放送の真剣な打ち合わせに疲れ、思わずゴロンと横になったサヘル・ローズ
サヘルをゲストに迎えたその日のラジオ放送で、ぼくは、あるサッカー少年の話をした。彼は、上咽頭がんをわずらい、17歳で逝った。その少年のお母さんから、出演者とスタッフにロールケーキが差し入れられた。息子の分まで生きてほしいという思いがこめられている。お母さんの愛情が入った、甘いケーキだった。
「とってもおいしかった。私のお母さんにも食べさせてあげたい。いいでしょうか?」
サヘルは余ったケーキを大事に包んで持ち帰った。あたたかいなあと思った。
フローラの生きる希望はサヘル。サヘルの生きる希望はフローラ。サヘルとフローラ。15歳違いの娘と母。お互いの足元を照らしながら、困難な道を歩んできた。そして、これからもその歩みは続く。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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