サヘルとフローラ ・前編 (下)
戦争で両親、きょうだいを失い、やっと生き延びた。でも、フローラ以外はだれも愛してくれない。自分はなんのために生きているのかわからなくなってしまったのだ。
ある日、家に帰ると、フローラの姿が見えない。ただ、部屋の奥からすすり泣く声が聞こえてきた。フローラが静かに泣いていたのだ。
サヘルは、母を抱きしめた。母は泣きながら「楽になりたい」と言った。はじめて聞いた、母の弱音だった。「苦しかったのは、自分だけじゃない」とサヘルは気づいた。2人は、本気で死を決意した。
そして、久しぶりに母の顔をまじまじと見たサヘルはハッとする。母の顔はいつの間にか老け、白髪も増えていた。手はがさがさに荒れて、血管が浮き出ていた。
「あんなに若くてきれいだった人が、私を育てるために、言葉もわからない異国の地で、ここまでがんばっていてくれたんだ」
自らの命をすり減らすように、サヘルの命を守ってくれた。その人に救われた命は、自分だけのものではないことに、サヘルは気づいたのだ。
サヘルはフローラに言った。
「お母さんは、私を希望として生きてきてくれた。それなら私も、お母さんを希望にしようと思う。1人じゃない。お互いのために生きよう」
そう決意してから、サヘルの人生は変わりはじめた。
人は変われる。そのときのために、汗や涙を流しながら、困難に耐え抜いて生きるのだ。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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