2010年8月21日 -- 心の病 --

サヘルとフローラ ・前編 (中)

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 3歳で瓦礫のなかから救出されたサヘルは、その後、孤児院に預けられた。空爆で両親と10人のきょうだいをいっぺんに失った。引き取る人も現れず、数年が過ぎた。

 ただ一人、里親を探すサヘルの顔写真を見て、孤児院に駆けつけた人がいた。そう、瓦礫のなかでサヘルの手を見つけたあの女子大生。フローラ、23歳。わずか15歳違いの若い女性が、8歳のサヘルのお母さんになった。

 名門の家柄のフローラの親は、素性のわからないサヘルを引き取ることに反対した。フローラは絶縁状態となった。

 行き場を失ったフローラは、婚約者の青年を頼って、サヘルとともに日本にやってきた。小さなサヘルは、今度は「お父さんができた」と思った。埼玉のワンルームのアパートで、3人の生活が始まった。

 しかし、やさしかった彼が、次第に変わっていく。彼はサヘルの体に、熱したスプーンを押し付けたり、一晩中、風呂場に閉じ込めたりした。暗く寒い風呂場は、瓦礫のなかにいた恐怖を思い起こさせた。

 フローラは娘を助けようとしてくれたが、逆に彼に、こう突きつけられた。

 「子どもを選ぶか、ぼくを選ぶかどちらかにしろ。ぼくを選ぶなら、子どもは捨てて来い。子どもを選ぶなら、いますぐこの家を出て行け」

 日本に来て1か月も経たないうちに、2人は路頭に迷う。異国の地で、言葉も習慣もわからず、どんなに心細かっただろうか。公園のベンチでの生活を、1週間ほど送った。

 しかし、捨てる神あれば、拾う神がいる。サヘルが通う小学校の給食のおばちゃんが、助けてくれた。給食のおばちゃんは、まず、部屋を借り、住むところを確保し、フローラには仕事を見つけてくれた。ペルシアじゅうたんのデモンストレーションをする仕事だった。そして、フローラが仕事から帰ってくるまで、サヘルはおばちゃんの家に行き、おやつを食べさせてもらった。漢字ドリルなどをして、日本語も教わった。日本にも、こんなあたたかい人がいるんだな あ。

 その後、フローラとサヘルは、埼玉から東京へ転居する。フローラの月給は10万円。家賃は7万円。残り3万円で1カ月をやりくりしなければならない。中学1年から3年までの食事は、ゆでただけのスパゲッティだったという。

 生活苦が心に重くのしかかっていく。それでも、何か楽しいことがあれば乗り切れたかもしれない。サヘルにはそれが見つからなかった。

 「こんなに苦しい生活でがんばっているのに、楽しいことが一つもなかった。学校に行くといじめられ、周囲にとけ込めず、生きているのがつらくてしかたなかった」

 唯一の友だちは、ウサギ。フローラは、友だちがいないサヘルを思って、買ってくれた。1つのツナ缶を3日分の昼食にして、生活を切り詰めて、買ってくれた。

 そのウサギが、遠足から帰ると死んでいた。張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。

 「もう死のう」とサヘルは思った。


プロフィール
鎌田實さん
鎌田實 かまたみのる
誕生日:1948年6月28日
諏訪中央病院名誉院長
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