裏社会からの人生逆転劇 ・ 後編 (上)
加藤秀視さんは、父親への憎しみをエネルギーにして生きてきた。
子どものころの夢は、「父親を殺す」。卒業アルバムに、そんな将来の夢を書こうとして教師に止められた。仕方なく書いたのは、「殺し屋」。
そんな不良少年が、一度は裏社会に落ちながらも、見事に立ち直っていく。仲間と会社を興し、愛する家族もできた。
4年前、父親が働いていた料理店の社長から連絡があった。元気なころの父親は、腕のよい料理人だった。アルコールの影響で脳の萎縮が進み、料理が作れなくなった。それでも、同じ料理店で清掃の仕事をしてきたが、脊髄小脳変性症を発病。入退院を何度も繰り返してきた。店の従業員が交代で世話をしてきたが、これ以上はできないという。
「親父さんの親戚中に電話をかけてお願いしたんですが、全部断られてしまいました」
社長が困っていることはよくわかった。
母親や自分たち兄弟を暴力で傷つけ、よそに女をつくって勝手に出ていった父親。病気になって、だれも看てくれる人がいない。ザマアミロと思った。母親に知らせると、母親は「絶対にイヤだ」と父親を引き取ることを拒否した。当然の反応だった。
それでも、自分の父親なのだ。迷いながら、父親を迎えに行った。古い木造アパートのドアを開けると、何もないガランとした部屋で、やせた白髪の小さな男が背中を向けて座っていた。
「オヤジ?」
思わず訊ねた。90歳くらいの老人に見えた。
横を通り、正面に回って、父親の顔を見た。父親は笑みを浮かべて言った。
「大きくなったな」
なぜか、鳥肌が立った。
憎み続けた父親と再会したとき、どうなってしまうのか、自分でも想像できなかったと加藤さんは言う。父親を殴ろうとするかもしれない。社員を連れていって、「もし、万が一、オレが暴れたら止めてくれ」と頼んでもいた。だが、そんな気はまったく起こらなかった。
「オヤジ、今まで何やっていたんだよ」
彼がそう言うと、父親はこう言った。
「来てくれたんだなあ、ありがとう」
子どものころ、何度も殴られた大根のような太い腕は、筋肉が落ちて細くなっていた。あれだけ怖くて、憎くて、殺してやりたいと思ってきた父親ではなくなっていた。なんのために憎み続けてきたのか。(次回に続く)
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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