一歩を踏み出す (下)
その後の35年間、田部井さんは世界各地の山に登ってきた。彼女のホームページをのぞくと、登山リ ストが世界地図の上にマッピングされている。地球の上を這うシャクトリ虫のように、全部、自分の足で一歩一歩登ったのだと思うと、なんだかちょっと笑ってしまう。一歩の力はすごいなあと思う。
山に登ることで、彼女は変わった。いつでも後悔しないように、家族や友人に対して、いい言葉をかけるように心がけている。ぼくたちはつい、あとで取り返しがつくと思ってしまう。田部井さんは常に一本勝負をしていると思った。高地という過酷な状況のなかで協力し合う山の仲間とは、その人のいいところを見て、つき合う大切さを学んだ。
生きているからこそ生じる不平不満の垣根が、うんと低くなった。「雪崩に遭って死んでいたかもしれない命と思うと、不満なんて言っていられない」と思った。
生きていることに感謝できると、一度きりの人生を楽しめるようになる。「怖いもの知らずの女たち~一度は歌ってみたかった」と題して、山の仲間たちとシャンソンのコンサートも開いた。どうせなら、ピカピカでスケスケのドレスを堂々と着て、シャンソン歌手になりきるのだという。実に、明るい。
数年前、乳がんが見つかった。手術の10日後には、バルト三国の山に登った。経過は良好だという。現在、71歳。できるだけ長く山に登れるように、日々を大切に生きている。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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