一歩を踏み出す (上)
芯の強さを、ニコニコ顔で包んだ登山家・田部井淳子さん
1975年36歳のとき、世界最高峰エベレスト8848メートルに挑み、女性で初めて登頂に成功。1992年には、女性で世界初の7大陸最高峰登頂者となった。
田部井淳子さん。この世界的な登山家は、どんな屈強な体つきの人かと思いきや、意外なほど小柄だった。わざわざエベレストなんて山に挑もうとする人は、孤高のトンガリがあるに違いない。ぼくは、そう勝手に思いこんでいた。
実際は違っていた。田部井さんは人懐こい笑顔の、普通のおしゃべり好きのニコニコおばさんって感じだった。田部井さん、ゴメン。
会ってお話している間に、このギャップがすごいことなんだと気がついた。間違いなく、だれにも負けない「強さ」を持っているが、それは彼女の奥にしまわれている。芯の強さを、ニコニコの柔らかな空気が包み込んでいる。絶妙なバランスだと思った。
◇
山登りをはじめたきっかけがおもしろい。
大学進学のため、福島から上京した。東京という新しい世界や寮の共同生活に戸惑った。周囲に気を使って八方美人になり、自分を主張できなかったという。その影響が体に現れた。夜眠れない。食べられない。神経性胃炎と診断された。
そんなとき、大学の友だちに誘われて、奥多摩の御岳にハイキングに出かけた。山の空気を吸い、土や緑の匂いをかいでいると、妙ななつかしさを感じた。大学生活になじめず、抱いていた敗北感のようなものが、次第に薄れていった。そこで、彼女は気づく。頭デッカチになってあれこれ悩んでいるよりも、自分の足で歩き出したほうがいい。
ひたすら山肌を足の裏に感じて歩くことで、「自分はいま、大好きな山に登っているんだ」という喜びがわいた。足元の崖の高さにゾッとすることさえ、生きていることを実感できたという。
社会人になってからは、いっそう山にのめりこんでいく。週末になると山へ行き、技術を身につけ、体を鍛えた。
「おまえは、8000メートル級の山を目指せ」
仲間たちから後押しされるように、田部井さんは登山家の道を進んでいく。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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