州の空 見えた希望
庭から諏訪中央病院を眺める。緩和ケア病棟は2階にある(鎌田さん提供)
緩和ケアと母娘の思い
ぼくは毎週火曜日、諏訪中央病院の緩和ケア病棟を回診している。関西から末期がんのおばあちゃんが入院してきた。娘さんは松本市から通ってきた。あたたかな医療のなかで最期をみてあげたいと娘さんは思っている。
おばあちゃんがどんな生き方をしてきたのかを聞き出す。苦労してきたのだということがわかる。前向きな人であることもだんだんわかってきた。好奇心も旺盛だ。自分のがんの状態もよくわかっている。関西での生活が長く、信州のことはあまり知らない。ぼくは回診のたびにおばあちゃんの話をよく聞いた。そして信州の話をよくした。おばあちゃんが「もっと早く来ればよかったわ」と言った。
病院から見える八ヶ岳の端っこに車山という山がある。その山にニッコウキスゲが咲く。「山一面がまっ黄色になるんです。それはそれは美しい光景です」
おばあちゃんは目を輝かせた。廊下に出ると娘さんが立っている。目がうるんでいる。
「先生、母を車山に連れていってあげたいと思います」
「いいですねえ。もちろん病院は全力でお手伝いします」
すぐに話し合いが始まった。6月30日に予定。天気予報は雨。なんとみんなでテルテル坊主を作った。緩和ケア病棟の医長と看護師が2人付き添った。車のなかでおばあちゃんは3回吐いた。判断に迷う。止(や)めるか。決行するか。近場に変更するか。おばあちゃんが決めた。「行きたい」と言う。大切なのは自己決定。
車山に着いた。テルテル坊主が効いた。晴天。しかし、肝心のニッコウキスゲは3輪しか咲いていなかった。山じゅうがまっ黄色でなかった。笑い話になった。
その次の回診のときのことだ。おばあちゃんはぼくの手を握り「先生ありがとう。満足です。幸せです」と言った。
車山に行った後も厳しい状態が続いた。「いい思いをすると、人は元気になるよ」と、さらに希望を持たせようとした。おばあちゃんはやわらかな微笑(ほほえ)みをぼくに返した。
「先生ね、もう十分なの」
おばあちゃんはぼくの手を強く握った。おばあちゃんの気持ちがよくわかった。おばあちゃんは困難のなかで、必死に希望をもって生きた。これで十分なのだろう。ぼくの後ろにいた娘さんがぼろぼろ涙を流している。おばあちゃんの命を大切にしようとする空気が、この病室にはあふれていた。
おばあちゃんが饅頭(まんじゅう)を用意してくれていた。「先生にどうしても食べてもらいたい」と言う。「ぼくらの病院は、もらえないんだよね」とぼくは笑いながら言った。おばあちゃんの気持ちが痛いほどわかった。
「おばあちゃん、今回はいただきます」
おばあちゃんはにっこりと笑った。
ラウンジに娘さんがやってきてお茶に加わった。みんなでおばあちゃんの饅頭を食べた。
「先生、おかげさまで親孝行ができました。ニッコウキスゲが満開になるのは、7月中旬だと調べてわかっていました。先生と母が話をしていて、もうこの日しかない。花がなくてもいいと思いました。母はそのときの写真を毎日、何度も何度も見ています。よっぽどうれしかったと思います。可憐(かれん)に咲くニッコウキスゲよりも、空の色に驚いていました。きれいでしょ、きれいでしょ、と」
よくわかった。ニッコウキスゲにこだわる必要はなかった。おばあちゃんは娘と、もっと早く来ればよかったという信州を楽しみたかったのだ。そして、十分に楽しんだ。娘の思いは母に通じた。(この回は、2010年7月18日掲載の読売新聞から転載しました)
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
詳しいプロフィールはこち ら


