2010年7月14日 -- 癌 --

一言が人生を変えた (上)

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 「自分の体のなかに、時限爆弾が入っている。だれか止めてよ、と思うけれど、どうしようもない。い ま思い出しても、手が冷たくなります」

 大谷貴子さんは1986年、慢性骨髄性白血病と診断された。何もしなければ、あと3年から5年の命と言われた。突然の宣告。死の恐怖に身がすくんだ。大学院生の25歳だったという。

 5月に行われたNHKラジオ「鎌田實 いのちの対話」でお話をお聞きした。

 慢性骨髄性白血病は、分子標的治療薬が開発されるなど、今でこそ有効な治療法がある。だが、当時は骨髄移植がほとんど唯一の治療法だった。しかも、まだ骨髄移植の導入時期。HLA(白血球の型)が一致する人を見つけることが至難の業だった。血縁者は比較的一致する確率が高い。兄弟では4人に1人の割合で一致するといわれている。

 当時、アメリカ人と結婚して、海外に住んでいたお姉さんが急きょ帰国した。HLA検査は一致しなかった。望みが切れかけた。

 両親からは、遺伝子の半分ずつを受け継ぐため、HLAが一致する確率はさらに低い。他人ならば数百から数万人の1人の確率まで低下する。

 卒業アルバムを手がかりに、同級生に電話をかけまくった。だが数万人も友だちはない。あきらめたくはないが、当たる望みのない宝くじを引いているようなものだった。

 そうこうしているうちに、本当に“時限爆弾”が爆発した。白血病の急性転化。爆発的に白血病細胞が増える状態に陥った。診断からわずか11ヶ月後。あと3~5年といわれたが、その時間すらなかったことになる。

「1%もあるやん」というお姉さんの言葉で、絶望の淵から這い上がった大谷貴子さんと

 ここで、奇跡が起こる。HLAの再検査を受けたお母さんの白血球が適合することがわかった。しかし、大谷さんの状態はかなり悪化していた。7人いる医師団のうち6人の医師が、移植をしても助からないと反対した。残る1人の医師は、成功の確率は1%と言った。絶望的な数字だった。

 そのときのお姉さんの言葉がすごかった。

 「1%もあるやん。ゼロと1なら、1%に賭けて」

 99%ダメと考えるのか、1%も可能性があると考えるのか、同じことを示しているのにもかかわらず、局面を打開する力が圧倒的に違う。骨髄移植をしなければ100%助からない。それに比べれば1%でも可能性があるというのは、大きな差である。意識が朦朧とするなかで、このお姉さんの一言が大谷さんの命綱となった。 (次回に続く)


プロフィール
鎌田實さん
鎌田實 かまたみのる
誕生日:1948年6月28日
諏訪中央病院名誉院長
詳しいプロフィールはこち ら

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