2010年6月30日 -- 糖尿病 --

最終回 : インスリン抵抗感への対処

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 適切な時期にインスリン療法を開始できるかどうかは、糖尿病を持つ患者さんにとって重要な分岐点で す。しかし、インスリンに心理的抵抗感を持つ患者さんは、適切な時期に開始することが困難な場合があります。それに、抵抗感を抱えたまま開始すると、いつまでも納得がいかないまま治療を続けることになってしまいます。

 私たちは、いかにこの抵抗感に対処したらよいのでしょうか? これは医学だけでは解決できない心理社会的問題です。

元気でいるための理由

 医師からインスリンの自己注射を勧められた時に、深刻な抵抗感を持つ患者さんのほとんどは、「うまく生活に取り入れられるか」などといった利便性にだけ問題を感じているのではないようです(利便性の問題の多くは実際には注射の回数を選ぶなど解決可能です)。

 深刻な抵抗感の背景には、現実を受け入れることができていなかったり、インスリンに対して極端に悪いイメージを持っていたりすることが多いと思います。これは医学だけでは解決できない問題です。

 インスリンを勧められた時、最も大切なことは、この治療が自分にとって本当に役に立つのか、それとも役に立たないのか、じっくりと考えることです。自分自身の価値観や人生観、あるいは死生観、そして人生設計などを基準に、時間をかけて・・・



 もしも「もう十分に生きた」「心残りは一つもない」という人がいたとしたら、インスリン療法はあまり役に立たないかもしれません。

 しかし、「まだまだ元気でいたい」「あと何年かは健康で働かなければならない」「家族で旅行に行きたい場所がある」など、これからも元気でいるための理由がある人には、インスリン療法はとても役に立ってくれることでしょう。

 きちんと治療を始められた患者さんは、きっと、元気でいるための理由を見つけることができたのです。 ある患者さんが、「インスリン注射を好きにはなれないでしょうが、私がこれからの人生を元気に歩んでいくためにきっと役に立ちます」と話していました。こんな風に考えられるかどうかが、抵抗感を払拭するポイントだと思います。

 そしてこれは、インスリンだけではなく、糖尿病治療全体にも通じる考え方のモデルです。確かに治療によって合併症はある程度防げますが、治療の目的はそれだけではありません。日本糖尿病学会が掲げている「目的」は、糖尿病を持たない人と同じくらいの寿命と生活の質を保つことです。つまり、合併症予防の先にある、自分自身の将来や人生を問題なく送っていくために治療をしているはずなのです。

 いまの治療が自分の将来や人生にどのように役立つのか、どれくらいの患者さんが考えているでしょうか。治療現場では、医学的な話ばかりではなく、もっともっと、心理社会的な側面について話し合っていく必要があると思います。それが、現代医療が抱えるすき間を埋めてくれることになると信じています。


今回が最終回です

 短い間でしたが、糖尿病治療の心理社会的側面を、少しだけみなさんに紹介できたことは何よりの喜びです。

 専門医が持つ糖尿病学のバイブル的な教科書「ジョスリン糖尿病学」には、治療の98 %は患者さん自身によって行われていると書かれています。大部分は医師の手ではなく、患者さん自身が行う糖尿病治療だからこそ、心理や行動、社会的背景がより重要な意味を持ってきます。

 しかし昨今、あくまでも私見ですが、医療政策や社会が健康を追求するあまり「治療するのが当たり前」「自己管理できない人は怠け者」といったような健康至上主義的な考え方が生まれているように思えます。そのためか、患者さん方が罪悪感に苦しみ、肩身の狭い思いをしている姿を見ることがあります。

 もっと温かく、そして冷静に、押しつけ合うのではなくて支え合いながら健康を手に入れていける、そんな将来が来たらよいと感じています。

 短い間でしたが、たくさんのコメントや温かい言葉を頂きました。みなさん本当にありがとうございました。

 Dr.PANDAこと、中野智紀


プロフィール
写真
中野 智紀(なかの・ともき)
日本糖尿病学会認定専門医
1976年埼玉県越谷市生まれ
獨協医科大学卒業
特技:剣道三段
詳しいプロフィー ルはこちら

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