インスリン注射は「転ばぬ先のつえ」
診察の様子
過去の調査によると、日本人の73%が、インスリン注射に関するなんらかの心理的抵抗感を持っていると言われています。この心理的抵抗感はいくつかに分類できますが、中でも誤った知識や先入観が原因で生まれる「インスリンについての嫌なイメージ」は、特に強い抵抗感を生じさせます。
実際、私も患者さんからインスリン注射は最後の手段か? インスリン注射を打つようになったらもうおしまいでしょう? などとよく質問を受けます。
もちろん答えは「ノー」です。
確かに、10年くらい前までは、インスリン注射は血糖のコントロールが悪くなり、目や腎臓の合併症が進行し始めた「重症」の患者さんに対して使うことが多かったかもしれません。しかし最近は、食事や運動の管理を十分に行い、必要十分な内服薬を服用しても、血糖コントロールが悪くなり始めてしまった方に対して、合併症がおこる前の比較的早期から使うようになってきています。
インスリン注射は、合併症が進行してから開始しても効果は乏しいものです。これに対し、比較的初期から開始すれば高い確率で合併症から体を守ることができます。そして、血糖が良くなり、再び内服薬へ戻る患者さんも珍しくありません。
もはやインスリン注射は「打ち出したら一生」の治療法ではないのです。「最後の手段」から、「転ばぬ先のつえ」へと使い方が変わってきているのです。
ただ、一般の方々にはまだその情報は伝わっておらず、相変わらず「インスリン=最後の手段=糖尿病の末期」というイメージが強いようです。
インスリン開始が原因で透析に?
ある患者さんが、次のように話してくれました。
「私の父親も糖尿病を持っているが、インスリン注射を始めてすぐに腎臓が悪くなり、血液透析を受けるようになってしまった。あのようにはなりたくない。私は絶対にインスリンは絶対にやりません」
この話は原因と結果を混同した典型的な例と言えます。「インスリン注射を受け入れなければ、糖尿病は悪くならない」という極端な考え方です。
この患者さんのお父様が、腎臓が悪くなり透析が必要になったのは、それまで糖尿病のコントロールが長い間、不良だったことが主な原因であったと考えられます。結果論ですが、もし、もっとインスリンを早く始めていれば、合併症から体を守れたかもしれません。
しかし、糖尿病は症状が乏しく、家族からは健康そうに見えたはずで、インスリン注射が病気を悪化させたと感じたのでしょう。
自己注射が持つイメージ
インスリンに関する嫌なイメージ形成の原因のひとつとして、薬の投与方法が注射であることがあげられます。
6月11日にジャスミンさんから「インスリンは不便」というコメントを頂きました。実際には、打ち方の調整で、注射の時間を患者さんの生活に合わせることができます。それでも、「決まった時間に注射しなければならない」「不便」「煩わしい」という印象は根強いようです。
もっと言えば、自己注射という手段そのものが特殊な治療法という印象を与えます。これも「病気が悪化した」というイメージの一因になっているのだと思います。
脅し? 罰ゲーム?
みなさんは、周囲の方々、あるいは担当の医師から次のように言われたことはありませんか?
「ちゃんと食事の管理をしないと、インスリンを打つようになっちゃうよ。いやでしょ? インスリンは。だったら、間食をやめないと!」
インスリンを脅しの道具として使う方々がいます。おそらく、患者さんのことを心配しての発言なのでしょうが、このように言われると、インスリンがとても悪いもののような印象が植え付けられます。
インスリン注射の宣告は、患者さんが食事制限や運動を十分に行えなかったことに対する罰ゲームであるかのような印象さえ与えることがあります。
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インスリンは最後の手段と思い込んでいる人が、「インスリン注射が必要」と医師から告げられると、自らの病気、あるいは人生そのものに対して絶望感を抱くことがあります。
冷静に見れば糖尿病の治療法の一つにすぎないインスリン注射ですが、患者さんや周囲の人との会話やとらえ方一つで、様々な意味がつけ加えられ、インスリンに対する心理的な抵抗感が形成されていくようです。
次回は、インスリンに対する心理的抵抗感への対処法を話していきます。
- プロフィール
- 中野 智紀(なかの・ともき)
- 日本糖尿病学会認定専門医
- 1976年埼玉県越谷市生まれ
- 獨協医科大学卒業
- 特技:剣道三段
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