心のなかの鬼
「自分のモチベーションは不幸や不運」と言い切るたかの友梨さん。不幸や不運もマイナスではないのだ。
たかの友梨さんに、ずっとお会いしたいと思っていた。ある雑誌で対談するという話が出たものの、お互いのスケジュールの調整に半年も時間がかかった。ぼくも忙しいが、友梨さんはその比ではないようだ。122の店舗、社員1300人を抱えているエステ界のトップランナーである。
実はぼくと同い年。同じように、本当の親に育ててもらえなかった。そんな境遇から、お会いしてすぐに、つっこんだ話が始まった。
友梨さんは、一度は、父親の家に引き取られるが、義理の母からいじめられた。養子に出されたが、養父母はお金だけが目当てだった。
ぼくたちは、似たような境遇だと思っていたが、ぼくよりも何十倍も困難のなかに彼女は生きてきた。
養父母からほうっておかれた。見るに見かねて、友梨さんを引き取ってくれた女性がいた。その人がお母さんになってくれた。その女性は、夫がよそに女性をつくって出て行き、再婚したものの、その家庭もうまくいかなかった。貧乏だった。友梨さんをおばあちゃんに預けて、群馬の温泉に住み込みで仕事をすることもあった。友梨さんはその人をお母さんと呼んで、慕った。
自分の子どもではないのに、自分の境遇も大変なのに、友梨さんを引き取って育てた。すごい人だと思う。苦しくなったら、自分の子ではないからと、放り出すこともできるのに、そうしなかった。この愛情は尋常ではない。友梨さんは、その恩を忘れない。
「たかのさんは、とても華のある人ですが、華のなかに鬼がいるように感じます」
ぼくは、彼女の話を聞きながら、わけのわからない感想を述べた。
世の中には美しい人や華のある人はたくさんいるが、成功できる人は心のなかに鬼を飼っているように思う。
鬼がいるなんて言われて、気分を害するだろうか。ちょっと心配になった。でも、友梨さんはやさしい笑顔を浮かべて言う。
「鬼が、今の自分をつくってくれました」
◇
友梨さんは、新しくお母さんになってくれた人のおばあちゃんから「女は勉強しなくていい」と言われた。「勉強しなくていい」と言われれば、隠れてでも勉強したくなった。ぼくもこの気持ち、よくわかる。
18歳のとき、養父・岩次郎に医学部に進学したいと言ったら、「貧乏人は大学なんていかなくていい」と反対された。なぜ養父は、ぼくをわかってくれないのか、苦しんだ。泣きながら、何度も岩次郎に頼んだ。ぼくは勉強させてもらえるチャンスをもらった。恵まれていたのだ。
友梨さんは中学を卒業すると、理容師になった。定時制の高校に通いながら、働いた。爪に火をともすような生活をしながら、100万円を貯めた。そして、100万円を握りしめ、フランスへ美容の勉強に行く。24歳だった。
帰国後、エステの店を持った。しばらくして3店舗オープンした。現状のスタッフで丁寧ないい仕事をするには、3店舗が限度だと思った。ハンバーガーを売る店のマニュアルなら、すぐに身につくが、エステの技術は時間をかけないとなかなかものにできない。だから、店舗を増やそうとは思わなかった。
ところが、彼女のなかの鬼が目を覚ます。
友梨さんが大事に育て、のれん分けをした女性がいた。そのパートナーの男性が「たかの」の名前で、100店舗出したいといってきた。これはおかしいと思った。断ると、その夫婦は反旗を翻し、自分たちの店を10店舗もった。友梨さんは、その夫婦の店のすぐ近くに、自分の店を開いた。すぐに、相手の店はつぶれた。
その後、別な人が大阪でも同じような動きをした。友梨さんは大阪にも店舗を拡張した。3店舗でいいと思っていた友梨さんのなかで、鬼が動いたのである。
友梨さんは、闘いを挑まれるたびに強くなった。自ら厳しく律し、エステの優れた技術を磨き、王道で堂々と勝負した。その結果、店は122店舗まで拡張していった。
「不運でよかった」と彼女は言う。順調でなかったからこそ、彼女は鬼になることができた。この言葉は説得力がある。不運の渦中にいるときこそ、成長のチャンス。あきらめないことだ。
自分のなかに鬼がいることを認めると、「でしゃばりと言われたくない」とか、「女らしいと言われたい」とか、自分がとらわれていた考えから、徐々に解き放たれた。
「中途半端はダメ。いつもたかの友梨らしさを出していけばいい」と素直になった。
そして、友梨さんはこう言った。
「人間万事塞翁が馬です。不幸は裏返せばみんなプラスなんですよ。よく人に、あなたのモチベーションは何かと聞かれますが、『それはたぶん、不 幸』と答えるでしょう」 (次回へつづく)
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
詳しいプロフィールはこち ら


