さらけだすこと
諏訪中央病院では、定期的に断酒会のメンバーが集い、アルコール依存症から立ち直ろうとともに支え合っている。
アルコール依存症だったK氏が久しぶりに諏訪中央病院にやってきた。教え子が結婚するので、ぼくにお祝いの言葉を書いてもらえないかと言う。ニコニコしている。血色がいい。8年近く酒を断っている。
ぼくは喜んで、お祝いの言葉を書いた。帰り際、K氏は照れくさそうに封筒を差し出した。
「おふくろが書いたものです。読んでみてください」
おふくろさん? K氏のお母さんについては、いろんな人からうわさを聞いていた。数日前も、学校の養護教諭をしていた方を診察中、このお母さんの話になった。やさしくて思いやりがあって、教養がある人だという。お母さんの父親も、地元では有名な教育者だった。
その息子K氏が、アルコール依存症になった。大酒を飲み、躁状態になって、次々に仕事を膨らませ、大きな借金を作った。そのとき、お母さんは、「すべてを失う前に、この家を売りなさい」と自分の家を手放した。なかなかできる決断ではない。
それだけじゃない。お母さんは、K氏の暴言から妻と子どもたちを守ろうと、一緒にK氏の家を出た。そして、自分は、お嫁さんに迷惑をかけないよう、一人暮らしをはじめた。こんなお母さんだから、お嫁さんにも慕われ、大事にされている。
このお嫁さんも、とても魅力的な人らしいが、結局、離婚した。いいお母さんに、すてきなお嫁さん。どうしてこんないい人たちを苦しめてきたのか。ぼくはK氏の友人だと思っているけれど、この点については、聞けば聞くほど腹が立つ。K氏は、まだまだ許してもらうわけにはいかないだろう。
そのお母さんが、どんな思いでアルコール依存症になった息子を見てきたか、手紙を読んでよくわかった。
「アルコール依存症という言葉の意味と響き、今でもいやです。息子がお酒におぼれているのは意志が弱いのか、家族に不満があるのか、なぜかわかりませんでした。
親として何ができるのか、悩みました。
息子夫婦の仲はどんどん壊れていきました。孫たちの顔は暗くなるばかり。なんとかしなければと焦りました。心も痛みました。
いい息子だと思っていたのに。こんな酒飲みになったのは、お嫁さんが悪いのかと思ったときもありました。完全に親バカです。今思えば自分が情けないです。あんなにいいお嫁さんに対して」
K氏は、家族に去られ、一人になってからも、酒を止められなかった。お母さんがK氏と再会したのは、数年後。諏訪中央病院から電話があり、駆けつけると、息子は病院のベッドに横たわっていた。
「その姿を目にしたとき、この子はもう長く生きられないと胸がつぶれる思いでした。無事に退院できてほっとしたのもつかの間、すぐにまたお酒を飲み、入院です。今度こそだめだと内心思いました。
そのときの鎌田先生との出会いが、息子を病気と向き合わせてくれました。本当にありがたく思っています。
でも私は退院してからが不安でした。プライドが高い息子が、自分をさらけだすことができるか、心配でした。断酒会のみなさまのお力で、そのままの自分を出せるようになったのか、だんだん良くなっていきました。今では息子も人さまの悩みも聞けるようになり、少しは人の役に立っているようで、親としてとてもうれしいです」
さらけだす、という言葉が出てくる。だれでも、自分をよく見せたい、見栄を張りたいと思う。だが、その心が行動変容をじゃまする。
K氏は、同じ病と戦う断酒会の人たちと話し合い、支え合うなかで、自分を徐々にさらけだすことができるようになった。
そして、お母さんは、ベッドに横たわる息子の姿を目の当たりにし、はじめて息子の現実に気付いた。「いい息子」と信じるあまり、現実が見えていなかったのは、自分のほうではないかとも気付いた。
息子が自分をさらけだして行動変容したように、お母さん自身も、さらけだされた現実を認めることで自らの考えを変容させることができたのだと思う。
人が、人の考えや行動を変えさせようとしても、なかなかうまくいかない。しかし、自分の意識が変われば、人も変わっていくのである。行動変容は、連鎖するのだ。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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