大平光代的生き方(2)比べないということ
はじめて会ったころの大平光代さん。胸には弁護士バッジが輝いている。
大平光代の行動変容は、組長の妻から弁護士へ、というセンセーショナルなものだけではなかった。
4年前、先輩弁護士と再婚し、出産。兵庫の山の中で暮らしている。せっかく弁護士になったのに、その活動は5%程度にとどめ、残りの95%を子育てに注ぎ込んでいる。
子どもは、ダウン症という障害をもって生まれてきた。生まれてすぐに心臓の手術をした。白血病の治療もしたという。
そんな話を聞くと、どこまで苦難が続くのだろう、とつい思ってしまう。しかし、違っていた。彼女は「幸せだ」とニコニコして言う。
今年の正月には、黒豆や昆布巻きなど、お節料理を一つひとつ手作りした。3歳になった子どもに、きちんと伝えるためだという。机やいすも作った。子どものために絵本も作っている。ステンドグラスを手作りして、写真に撮り、1ページ1ページ作っている。料理も、手をかけている。家族を大切にしながら、丁寧に生きている。
なんだか、やることが大胆だ。なかなか思い切った選択だと思う。
だが、よく考えてみれば、きわめて大平光代らしい生き方だと納得できる。
かつて司法試験を突破したとき、すべきことに優先順位をつけ、そのことだけに集中した。守るべき子どもを持って、その「すべきこと」の最上位が、子育てになったのだ。そのために、弁護士の仕事も極端に減らした。
手をかけた丁寧な暮らしぶりは、同じ参考書を何度も何度も読んだという、粘り強い「繰り返し」と重なりあう。
もちろん、夫と子どもという、心強いサポーターもいる。
司法試験を突破するまでには、成功体験を積み重ねて「成功グセ」をつけた。だが、その方法ばかりは、今回は役に立たなかった。子育てにおいては、何が成功か、失敗かわからないからだ。
彼女自身、母親との関係に苦しんできた。
中学生のとき、いじめを苦に割腹自殺を図った。傷が癒えた後、母親は学校に行けと言った。つらかった。学校を変えた。新しい学校で、「趣味は……」と自己紹介しようとすると、うわさを聞きつけた男子生徒たちが「割腹自殺です」とはやし立てた。新しい学校でも、いじめがはじまった。それでも母親は、彼女さえがんばれば、問題は解決すると思っていた。
母親は世間の目を気にして生きていた。彼女が美容師の学校に行こうと思っても、中学卒業じゃ恥ずかしいと反対した。何度も生きなおしたいと思っていた彼女は、母親にチャンスの芽を摘み取られたと思っていた。
司法試験に合格し、大ヒットとなる「だから、あなたも生きぬいて」(講談社)の原稿を書いているとき、書いてもいいかと母親に訊ねた。母親は、全部本当のことを書いていい、と言った。いちばん娘がつらいときに、母親がどういうことをしてしまったのか、隠さずに書いたほうがいいとも言った。母親も自分自身を悔いていたことがわかった。このとき、彼女は、はじめて母親を許すことができた。
今年1月、ぼくと共著で「くらべない生き方―人生で大切にするべき10のこと」(中央公論新社)という本を出した。そのなかに「許す」という章がある。大平光代は、母親を許すことによって、過去の呪縛からすべて解放された。自由になったのである。
その彼女が母親になって、今は障害を持つ子の成長を見守っている。見守りながら、その子にはその子の、成長していくリズムがあることがわかった。ほかの子と比べても意味がないことを実感している。
「比べない生き方をしたい」と、彼女は言う。
行動変容の手法の一つに、モデリングというものがある。成功例をお手本にして、真似をする。これは、自分とお手本を比べるやり方だ。だが、比べなということは、言うほど簡単ではない。勇気がいる。自分の子をほかの子と比べないということは、わが子に対して、絶対的な肯定が必要である。
比べないことは、視線を自分の内側へと向けさせる。深く内省することができる。あるがままを認めることができる。
大平光代は、子どものころからいじめられ、学校にも家にも居場所が見つからなかった。人と比べられながら苦しんで、泥沼を這い回った。
しかし、「比べない」と決めた瞬間から、すべてが変わった。今の自分のいる場所が、かけがえのない居場所になった。だれが何と言おうと、彼女は「幸せ」と言い切っている。
比べる生き方から、比べない生き方へ――。そこには、幸せに生きるためのヒントが隠されているようだ。
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- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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