大平光代的生き方(1)成功グセをつける
昨年夏、大平光代さんと一緒に本をつくるため、久しぶりに再会した。
大平光代は、なぜ行動変容に成功したのだろう。
中学2年でいじめを受け、学校に行けなくなった。割腹自殺を図ったが、死ねなかった。非行に走り、母親を蹴飛ばしたこともあった。16歳で暴力団組長の妻になった。背中には大きなイレズミも入っている。22歳で離婚して、大阪の北新地で売れっ子のホステスになった。そして、弁護士に転身した。波瀾万丈の人生である。
大平光代と2人で「くらべない生き方―人生で本当に大切にするべき10のこと―」(中央公論新社)という本を出版した。
はじめて会ったとき、とても小柄で、控えめな女性に見えた。経歴からイメージするような激しさは、あまり感じられなかった。だが、話をしているうちに、わかった。彼女の強さには、ちゃんと仕掛けがあったのだ。
まず、目標が明確だ。やりたいことをリストアップし、優先順位をつける。いちばんやりたいことに照準を絞る。そして、それを実現するために必要なものをそろえる。
中学2年以降、学校に行っていない。学力をつけるために、彼女は同じ参考書を何度も何度も繰り返し読んだという。繰り返すことが、記憶を定着させ、思考を深める。持久力もつく。
三日坊主にならなかったのは、なぜか。彼女には逃げ場がなかった。北新地の売れっ子の地位を守るために、たくさんのお酒を飲み、体調を崩した。このままではいけないという危機感が、強く試験勉強に向かわせた。
彼女の努力はすごい。だが、無理はしていない。いきなり司法試験にチャレンジするほど、無鉄砲ではない。最初は、比較的合格しやすい試験からはじめた。彼女のように、それまでの人生に成功体験が少ない人は特に、失敗に慣れっこになっている。失敗すると、どうせそんなものさと思い、いつかやる気を失っていく。
成功グセをつけていくことが大切だ。小さな成功体験でも、積み重ね、自分を評価していくことで自信につながる。そうやって彼女は宅建や司法書士の試験にも合格した。その延長線上に、司法試験の一発合格があった。
もう一つ、大事なポイントがある。彼女が孤立無援ではなかったということだ。彼女には、サポーターがいた。養父となった大平のおっちゃんである。泥沼から這い出すきっかけをくれた。
実は後からわかるのであるが、彼女の実の父親が、大平のおっちゃんに頭を下げていた。父親は末期のがんと闘っていた。大平のおっちゃんに、自分の娘として育ててほしいと、“遺言”を託した。ぎりぎりの状況におかれた人の、命がけの言葉が、大平のおっちゃんを動かした。
その父親の思いを継いだ大平のおっちゃんが、大平光代をいつも見守っていてくれた。大きな意味での家族という存在が、彼女を支えたのだ。
行動変容は決して奇跡なんかではない。起こるべくして起こる仕掛けがある。
大平光代は、その仕掛けをうまく活用していた。このままではいけないという「危機感」をバネに、どうなりたいかという「明確な目的」に向けて、準備をしている。いきなり、人生の一発逆転を狙っても、ホームランなんてそうそう打てるものじゃない。それよりも、着実に打てる球を選んで、自分のタイミングで打つほうが、結局は、大きな目標に近づいていけるのだ。
彼女の細心さは、行動変容をしようと思う人にとって大いに参考になる。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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