イラクの小児医療 助けたい
サブリーンとイブラヒム先生(2008年夏、イラク・バスラで)
目のがんで逝った少女
サブリーンは、イラクの南部の町バスラに住んでいた。2005年11歳のときに目のがんになった。右目を摘出した。化学療法を続けていたが何度も、再発をした。昨年の初め、左目にも転移、両目を失明した。
サブリーンの家は貧しかった。学校に行ったことがなかった。病気になってはじめて、院内学級で字と絵を学んだ。
そこでイブラヒムが、彼女にとってはじめての先生となった。
イブラヒムは、ぼくたちがやっている日本イラク医療支援ネットワーク(JIM―NET)が、スタッフとして雇っている。彼にも悲しい経験があった。双子の子どもを産んですぐに、奥さんが白血病で亡くなった。悲しみを知っている男だから、イブラヒムは優しい。
50度の砂漠の中で子どもたちを、次々に診察しているぼくが疲れた顔をしたとき、日本語で「あしたがある。あしたがある」と歌いだした。涙が出るほどうれしかった。
言葉の違いも、文化の違いも、宗教の違いも乗り越えられるとその時思った。人間はみんな同じ。
JIM―NETでは、イラクの子どもたちの治療費を確保するために、数年前からバレンタインの義理チョコ募金を行っている。北海道のメーカーのチョコの缶に、小児がんと闘っているイラクの子どもたちの絵をプリントして発売している。
サブリーンは、両目を失明するまで、院内学級で好んで絵を描いた。かわいくて、美しいサブリーンの絵は、とても好評だ。
病状はさらに悪化した。イブラヒムはサブリーンの家に通った。サブリーンは喜んだ。昨年の10月初め、厳しい報告が多くなった。 「吐いてご飯が食べられない」
「頭を痛がっている」
毎日メールが入ってくる。ぼくらは危険でバスラにはいけない。どうしてあげることもできない。戦争がにくい。
まもなく、悲しい連絡が入った。サブリーンが昏睡(こんすい)状態になったという。その少し前、サブリーンが最後の力をふりしぼってイブラヒムに話した。
「私は死にます。でも、幸せでした。自分の絵をチョコレートに使ってもらい、うれしかった。多くの、イラクの病気の子どもが助かるからです。みなさん、ありがとう」
聞き取れないような小さな声だった。ありがとうの言葉が最後になった。15歳の女の子とは思えない。サブリーンの思いをかなえてあげたいと思った。
サブリーンは、目のがんになった理由は戦争に使用された劣化ウラン弾だと信じていた。病院ではいまだにがんの薬は十分ではない。この5年間、ぼく たちはイラクの四つの小児病院に2億4000万円分の医薬品を届けてきた。なんとかイラクの医師たちが自分の国の子どもたちを治療できるようにしてあげた い。
憎しみや恨みの連鎖は暴力へ。暴力は戦争へ。でも人間はあったかな連鎖も起こせるはず。この六十数年間、一度も戦争をしてこなかった国、日本だからこそ、やったらやり返すという世界の空気を変えることができるのではないか。
平和と自然を大切にして、すべての生き物にとっての、母なる地球を守りたいと思っている。
チョコは4缶1セットで2000円。お申し込みは、(電)03・6741・9665(土日祝日を除く)。利益はすべて子どもたちの薬代になります。(この回は、2010年1月17日掲載の読売新聞から転載しました)
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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