あたたかな連鎖を起こそう
2009年12月、人権週間のイベントで、茨城を訪ねたときのことだ。中学1年の男の子が書いたという文章をもらった。
読売新聞のぼくの連載「見放さない」の、08年6月の文章を読んで、その感想を書いてくれた。(記事はこちら)
「ぼくは引き寄せられるように本屋に行って、この本を買いました」
少年の書く「この本」とは、ぼくの絵本『雪とパイナップル』のことだ。この本を読んで、日本の医師や看護師たちが放射能の汚染地域に赴き、病気の子どもたちを救おうとしていることに感動したという。
骨髄移植を受け、無菌室で療養するアンドレイ少年。彼の物語『雪とパイナップル』が、日本の少年にあたたかな連鎖を起こそうとしている。
絵本は、実話である。骨髄移植を受けたアンドレイという少年が、敗血症になって生死をさまよった。そのとき、アンドレイ君が「パイナップルを食べたい」と言った。それを聞いた、日本人の看護師たちがパイナップルを探して、雪の中、マイナス20度に凍った町を訪ね歩いた。パイナップルは町のお店にはなかったが、町中のうわさになった。パイナップルの缶詰をもっている現地の人がいた。その人は感動して、缶詰を病院に届けてくれた。アンドレイ君は喜び、パイナップルを食べた。奇跡が起きた。熱が下がった。敗血症が治った。
そのときの、アンドレイ君のお母さんの言葉。
「私はうれしかった。人間ってすごいなあって、そのとき思ったのです。やさしい心は人から人へ伝染していくんだって」
これを読んだ中学1年の彼は、はっとしたという。そして、自分の体験を追想し、書き綴っている。
彼はロシアでホームステイをしたことがあった。ホームステイを終えて日本に帰ってから、祖父から、祖父の祖父、つまり彼のひいひいおじいさんは日露戦争で両足を失い、生死をさまようほどの重傷を負ったと聞かされた。日本とロシアが日露戦争で戦っていることは歴史の授業で学んでいたが、祖父の話を聞くまでは、教科書のなかの出来事でしかなかった。祖父の気持ちを考えると、少し複雑な気持ちがした。
しかし、ロシアからイリアという少年がホームステイに来ると、祖父はイリアのためにおみやげを送ってくれたという。
彼は、送られてきた祖父の小包を開けながら、ロシアでイリアのおじいさんとおばあさんが、彼にとてもやさしくしてくれたことを思い出した。戦争の悲劇を覚えているはずの祖父たちが、その歴史を乗り越えて歩み寄ってくれたことがわかったのだ。
「やさしい心は伝染するのだ、と実感したのです」と日本の少年は書いている。
「アンドレイ君は残念ながら白血病が再発し、亡くなってしまいました。でも、鎌田さんは、日本人が雪の中、パイナップルを探すというあたたかな行為が、あたたかな連鎖を生んだ。ちっぽけなあたたかさは何もならないと思わずに、一人ひとりがまずは小さなあたたかさを実践すること。それが必ず連鎖を生んでいく。そんな思いでこの本を書いた、と読売新聞の中で述べています。
ぼくには、鎌田さんのように病気を治したり、高価な医薬品を送る支援はできません。でも、アンドレイ君を大切に思い、そのやさしさで、息子の死を乗り越える力を両親に与えた日本の看護師さんのようにはなれるかもしれない。なりたいと思いました。
そのために今ぼくができることは、ロシアの少年イリアと交流を続けていくこと。イリアだけでなく、身近にいる家族や友人を大切にすることからはじめようと思います。
やさしさは伝染する、この言葉を胸に、あたたかい連鎖を起こしていきたいです」
◇
この中学1年生の文章に、ぼくは感心した。講演の会場でも、この少年の話をした。一冊の本が行動変容を起こすことがある。
『雪とパイナップル』は映画化の話が進んでいたが、不況のためにお金が集まらず、中休み状態になっている。
こんな時代だからこそ、あたたかな連鎖が必要なのではないだろうか。
どこでも、あたたかな連鎖を起こすことはできる。1人の中学生がぼくの絵本を読んで、あたたかな連鎖を起こそうとしていると知り、なんだかうれしくなった。
◇
[Ann of Chiba]さん、コメントありがとう。「人間一滴」を見てくださったんですね。血のつながりがあっても、なくても、「家族」は必要なんでしょうね。
[ゆき]さん、笠岡市での坂田明と鎌田實のクリスマスコンサートは、本当にいいひとときでした。ぼくのブログ「日刊・鎌田實 なげださない」(12月24日付)で、坂田さんのホワイトクリスマスの演奏を動画でご覧いただけます。
- プロフィール
- 鎌田實 かまたみのる
- 誕生日:1948年6月28日
- 諏訪中央病院名誉院長
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