2010年1月 1日 -- 心の病 --

前略、鉄三郎の娘へ

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 ある雑誌で、「言葉で治療する」という連載をしていたとき、読者からメールをもらった。

 「私はスキルス性の乳がんで、乳房内にもリンパ腺にも転移しています。どうしたらいいか判断に迷っています」

 何度かやりとりをした。治療に迷っていた彼女は次第に、放射線治療やホルモン治療の決意を固めていった。彼女の周りには、乳がんの患者同士の助け合いがあるようだった。

 しばらくすると、病気のこと一色だったメールに、プライベートな記述が少しだけ見られるようになった。

 「私は北国生まれで、現在は中国地方で栄養士として働いています。父の名は、鉄三郎です」

 ぼくはその名前が、なんだか気に入ってしまった。病気で苦しんでいる人だって、だれかの親であり、子であり、妻であ り、夫であり、友だちなのだ。のっぺらぼうのただの「患者」ではなく、みんなそれぞれが生活をもち、人とつながっている。もちろん、乳がんと闘うこの人に だって。

 ぼくは、こう返事を書いた。

 「鉄三郎の娘へ 乳がんには、手術も化学療法もホルモン療法も放射線治療も効く。しっかりと複合的にやっておくといいですね。元気そうなメール、安心しました。体に病気があっても、心では負けないでください。岩次郎の息子より」

 ぼくを拾って育ててくれた岩次郎は、名前のとおりカタブツだった。鉄三郎さんと同じ東北の出身。正義感が強く、頑固で、生き方はこのうえなく不器用だった。名は体を現していた。

 再び揺れ動いている彼女からメールが来た。セカンドオピニオンを受けるかどうか、悩んでいた。今の主治医との関係がギクシャクしているようだ。主 治医は忙しさのために、患者に十分な説明をする心の余裕がない。医師と患者の間に流れる空気が煮詰まっているように感じられた。空気を入れ替える必要があ ると思った。ぼくは返事を書いた。

「鉄三郎の娘へ 乳がんは、これからが勝負。負けない方法はいろいろある。あきらめないこと。セカンドオピニオンは遠慮しないで受けましょう。礼を失しないようにして、今の主治医に申し出てください。岩次郎の息子より」

 彼女からメールが来た。セカンドオピニオンを受けた病院は、丁寧に説明をしてくれて、納得ができたようだった。治療方針も主治医とはちょっと違った。思い切って転院することにしたという。

 乳がんを専門とする、聖マリアンナ医科大学の福田護教授と対談したことがある。

 福田教授は、2000年からピンクリボン運動を展開し、乳がんの早期発見や早期治療を啓発してきた。さらに、乳がんだけではなく、すべてのがん患者たちの不安を軽減する新しい取り組み「キャンサーリボンズ運動」を始めた。

 福田教授は、ピンクリボン運動を通して、「ドクター・センタード・キャンサー・ケア」(医師中心のがん医療)から、「ペイシェント・センタード・キャンサー・ケア」(患者中心のがん医療)を目指してきた。

 キャンサーリボンズ運動では、さらに「リレーションシップ・センタード・キャンサー・ケア」(人間関係中心のがん医療)を目指したいという。

 人間関係中心のがん医療――。つまり、人と人とのつながりのなかで、がん患者を支えていくことを目指した新しい運動だという。なるほどと思った。ぼくは常々、人と人とのつながりの大切さを語ってきた。福田教授の目指す医療とぼくの考える医療は、近いものがあると思った。

 いま、がん医療では拠点病院化がすすめられている。マスコミで、がんの拠点病院や有名病院が取り上げられると、患者が一気に押し寄せることもめずらしくない。患者が集中すれば、現場は混乱を極める。忙しさのなかで、再発した患者や転移した患者は見放される。

 「もう治療法はありません」と、医師から冷たいことを言われ、放り出された患者は、がん難民となる。皮肉なことに、がんの拠点病院でがん難民を生み出している現実があるのだ。

 拠点病院という「点」で支える医療ではなく、「面」で支えていくという考え方は、とても興味深い。本質をついているように思う。拠点病院だけで日 本中のがん患者を治療することはできない。「人間関係中心のがん医療」があれば、どんな状態になっても、その人や家族を連携のなかで支えていくことができ る。人は人との関係の中で生きているのだ。

 メールのやりとりが続いた。岩次郎と鉄三郎というカタい名前の父親をもつ者同士、なんだか親近感がわいてきた。顔も、声も知らないけれど、医師と 患者の関係を超えて、少しだけつながりができたように思えた。彼女の背後に、彼女のために泣き、応援してくれる家族や友人や患者会の人たちがいるのを感じ た。

 「岩次郎の息子さまへ これから、がんとのつきあいは厳しくなっていくと思います。一喜一憂しながら、でも、ちょっとだけがんばってみようかと思いはじめました。今後も泣き言メールや経過報告メールを勝手に送りつけてしまいますが、お許しください。鉄三郎の娘より」

 だれかが彼女の言葉を受けとめてあげると、彼女のなかにあった生きる力がムクムクと起き上がってくる。彼女のなかで、がんと闘うという行動変容が起こり始めている。

父の名前をつけた岩次郎小屋。2009年を振り返りながら、新しい年を静かに迎えようと思う

 人と人とのつながりは、言葉を受けとめることから始まる。体温のある言葉が、医療の現場にも、日常生活にも、あふれるといいと思う。

 再び、ぼくは返事を書き始めた。もちろん今回もこんな書き出しで。

 「前略、鉄三郎の娘へ 岩次郎の息子より」

 2009年も幕を閉じようとしています。

 よいお年をお迎えください。

 ご愛読に感謝しながら~信州の岩次郎小屋より

「イベント・フォーラム」に鎌田さんと、女優の秋吉久美子さんの対談「強い心で自分らしい生き方を」をアップしています。


プロフィール
写真
鎌田實 かまたみのる
誕生日:1948年6月28日
諏訪中央病院名誉院長
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