末梢(まっしょう)神経の再生治療
取り戻せた 自然な笑顔
仕事先で談笑する文賢基さん。表情に不自然さは全くない(大阪市内で)
脇見をした次の瞬間、目前に路肩に駐車した車が迫った。2003年6月の真夜中に奈良県橿原市で起きた交通事故。仕事帰りの
傷口は縫い合わせた。だが、額とまゆ、目尻が右側だけ下がったまま、指で触っても感覚がない。まゆなどの動きと、感覚を担う末梢の顔面神経2本が断裂していた。
つなぎ合わせるには長さが足りず、届かない。足首などから神経を取って移植してつなぐ方法もあるが、良い結果を出すのは難しい。代わりに足の感覚を失うジレンマもある。
一時は、Jリーグを目指した文さんにとって、社会人チームで思い切りサッカーボールをけれなくなるのは耐えられなかった。
「顔はしかたがないか」。覚悟を決めたころ、転院先の奈良県立医大耳鼻咽喉科で教授の細井裕司さんから、神経を再生する研究段階の治療を提案された。この治療法は、京都大再生医科学研究所准教授の中村達雄さんが02年に開発したものだ。
体内で分解・吸収される外科手術用の糸を、組みひもの技術で直径0・5~13ミリのチューブに編み上げ、中と外側にコラーゲンを塗る。脳や
中村さんは「細胞と細胞の間には元々コラーゲンがあり、これを塗ったシャーレで末梢神経の細胞を培養すると伸びやすい」と解説する。その性質を治療に応用したものだ。
文さんには、直径1、2ミリ、長さ約3センチのチューブ2本を移植。1か月後には、鏡の前で上目遣いになるとまゆが少し動いたように感じられ、5か月後には、額にほぼ左右対称のしわが入るようになった。今では自然な表情が作れる。「違和感なく、家族や友人と笑い合える」と喜ぶ。
再生を促すチューブは、まだ、薬事法に基づく承認申請に向けた臨床試験(治験)を計画している段階で、実施施設も限られている。しかし、すでに150件を超える治療実績がある。末梢神経の再生治療を紹介する。


