2008年9月15日 -- 医療 --

末梢(まっしょう)神経の再生治療

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取り戻せた 自然な笑顔

仕事先で談笑する文賢基さん。表情に不自然さは全くない(大阪市内で)

 脇見をした次の瞬間、目前に路肩に駐車した車が迫った。2003年6月の真夜中に奈良県橿原市で起きた交通事故。仕事帰りの文賢基(ぶんけんき)さん(28)は、衝突の弾みで運転席の窓に頭の右側を強打した。ほお骨の辺りから耳までパックリと一文字に開いた傷口をバックミラーで見たところで、記憶が途切れた。

 傷口は縫い合わせた。だが、額とまゆ、目尻が右側だけ下がったまま、指で触っても感覚がない。まゆなどの動きと、感覚を担う末梢の顔面神経2本が断裂していた。

 つなぎ合わせるには長さが足りず、届かない。足首などから神経を取って移植してつなぐ方法もあるが、良い結果を出すのは難しい。代わりに足の感覚を失うジレンマもある。

 一時は、Jリーグを目指した文さんにとって、社会人チームで思い切りサッカーボールをけれなくなるのは耐えられなかった。

 「顔はしかたがないか」。覚悟を決めたころ、転院先の奈良県立医大耳鼻咽喉科で教授の細井裕司さんから、神経を再生する研究段階の治療を提案された。この治療法は、京都大再生医科学研究所准教授の中村達雄さんが02年に開発したものだ。

 体内で分解・吸収される外科手術用の糸を、組みひもの技術で直径0・5~13ミリのチューブに編み上げ、中と外側にコラーゲンを塗る。脳や脊髄(せきずい)の中枢神経と異なり末梢神経は再生力が強く、チューブの両端に神経の断端を入れておくと、中を1日1ミリのペースで伸びていってつながり、運動と感覚の信号が通うようになるという。

 中村さんは「細胞と細胞の間には元々コラーゲンがあり、これを塗ったシャーレで末梢神経の細胞を培養すると伸びやすい」と解説する。その性質を治療に応用したものだ。

 文さんには、直径1、2ミリ、長さ約3センチのチューブ2本を移植。1か月後には、鏡の前で上目遣いになるとまゆが少し動いたように感じられ、5か月後には、額にほぼ左右対称のしわが入るようになった。今では自然な表情が作れる。「違和感なく、家族や友人と笑い合える」と喜ぶ。

 再生を促すチューブは、まだ、薬事法に基づく承認申請に向けた臨床試験(治験)を計画している段階で、実施施設も限られている。しかし、すでに150件を超える治療実績がある。末梢神経の再生治療を紹介する。

2008年9月8日  読売新聞)

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