なくそう・減らそう糖尿病:(その2止)
ジェレミア・ボリ教授/1型糖尿病の治療…
◇欧州でも低年齢化 背景にカロリー過多--イタリア・ペルージャ大、ジェレミア・ボリ教授
糖尿病治療で国際的に著名なイタリア・ペルージャ大のジェレミア・ボリ教授(代謝内科学)が、国内の専門医を対象にした講演会出席のため来日した。人口約3億5000万人の欧州で、糖尿病患者は推定約1400万人とされる。しかし、実態はその数をはるかに上回ると言われ、加速度的に増加している。低カロリーの地中海料理を食べる習慣があるイタリアでも、最近は患者の増加と低年齢化が進んでいる。最新の糖尿病治療・研究の実情を聞いた。
--欧州の実情は?
各国の平均を取った有病率は約4%だが、実際にはその2倍はあるだろう。疫学調査が不十分な国があるのと、診断を受けていない有病者がかなりいるからだ。
--日本では戦後、糖尿病患者が急増し、背景に食生活の欧米化があると言われる。
欧州でも第二次世界大戦中は食べるものがなく、糖尿病患者はほとんどいなかった。戦後は食生活の質の変化以上に、食料が豊富になって食べる量が増えた。同時に暮らしが便利になって運動不足の人が増えた。それと並行して、2型糖尿病の患者も急増した。
--従来、2型糖尿病治療は、(1)食事療法と運動療法(2)経口血糖降下薬(3)経口血糖降下薬の追加(4)インスリン注射--と段階を踏むことが多かった。最近、このやり方が変化したと聞いている。
その通りだ。現在、2型糖尿病の治療には早い段階から積極的にインスリンを使う治療を取り入れる形に変わってきた。最初は経口薬を使い、3カ月で結果がよくないとインスリン導入を検討する。インスリンは体内で作られている。合成された化学物質である経口薬より自然な治療と言うこともできる。
--インスリン製剤の具体的な使い方は?
従来は15分ほどで効き始め、数時間持続する「超即効型」と、約24時間持続する「中間型」の製剤を混ぜた「混合型」製剤が広く使われてきた。しかし、その効果に科学的根拠が乏しい。患者の生活リズムにも合わせにくいため、見直しが進んでいる。
このため、現在は24時間以上効果が続く「持効型」を基本とし、食事の前などに「超即効型」を使う。この方法なら、ピザを食べる時とサラダを食べる時で、患者自身が追加インスリンの量を調節できる。
--イタリアなどの地中海料理は低カロリーで、糖尿病食にも向いていると言われる。
オリーブオイルと魚をよく食べ、肉やバターの使用が少ない地中海料理は、確かに糖尿病対策でプラス面がある。しかし、食べ過ぎては効果が薄れる。また、ソーセージをたくさん乗せたピザや、ミートソースのパスタは、動物性脂肪が多過ぎる。日本料理も健康的だが、どんな料理でもカロリーを取りすぎるのはよくない。
--子どもの2型糖尿病患者は欧州でも増えているのか。
どの国でも同じ傾向がうかがえる。子どもも周りに(揚げ物や炭酸飲料など)高カロリーの食べ物があり、外で遊ぶことが減り運動不足になった。これ が2型糖尿病の発症につながっている。問題解決は医師だけではできない。幼稚園、小学校レベルで食育を充実させることが必要で、政治の力が不可欠だ。
◇1型糖尿病の治療 基本は「インスリン補充」
1型糖尿病は免疫異常などが原因で、インスリンを分泌する膵臓(すいぞう)の中の細胞が破壊される。このため、インスリンを体の外から補う「インスリン補充療法」が治療の基本だ。
インスリン注射は、健康な人のインスリン分泌にできるだけ近くなるように、タイミングやインスリン製剤の種類を選ぶ。▽食事の時間、量に関係なく 血糖値を常時一定範囲に保つために「基礎インスリン」▽食事によって上がる血糖値を下げるために食前に注射する「追加インスリン」--を、医師の指示にし たがって組み合わせる。イタリア・ペルージャ大のジェレミア・ボリ教授によると、1型患者の9割はこの方法で良好に治療できているという。
死後あるいは生体ドナー(臓器提供者)から提供された膵臓から、インスリンを分泌する膵島を分離して、糖尿病患者に移植する「膵島移植」の研究も進んでいる。
日本の1型は、糖尿病患者の1割未満とされる。患者の大半は食生活の乱れや運動不足などの影響で生じる2型だ。
◇血糖値、自分で測定
◇日常の変動具合をチェック 食事に気配り、改善例も
血糖値の変動は自覚症状が少ないため、見過ごされがちだ。だが、食事内容によって急上昇したり、運動やインスリン注射で低血糖状態になったりと、 想像以上に血糖値の変動は大きい。その変動は体に負荷をかけることも、最近の研究で分かってきた。そこで注目されているのが、家庭で血糖値を測る「血糖自 己測定」だ。
「血糖値の上昇をなかなか抑えられなかった患者さんが、自己測定を始めて、大幅に下げることに成功しました」
患者に自己測定を指導している公立昭和病院(東京都小平市)の矢野正枝看護師は振り返る。同病院では、インスリン注射を使用する患者約800人が貸与された簡易測定器を使い、自己測定に取り組む。最初の1カ月は、毎食前と寝る前に測定して自分の血糖値変動の傾向をつかむ。その後、週に数日、1日のうちにどう変動するのかをチェックして、普段との違いを見る。
2型糖尿病という60歳代男性は、会社に勤めているときは外食が多く、血糖値は高いままだった。インスリン注射を始めた後、自己測定の指導を受けて、家庭で血糖値を測り始めた。男性は自分の血糖値に興味を持つようになり、「食事が多かったので上がったのかもしれない」「低血糖になりそうだから、ブドウ糖をとろう」と、日々の暮らしに気を配るようになった。その結果、1~2カ月の平均的な血糖の状態を示すヘモグロビンA1c(HbA1c)は、自己測 定前には9~10%台あったが6%台に下がったという。
一方、自己測定では、手の指などに針を刺し、血を出さなければならない。「なぜ痛い思いをしなければならないのか」と、尻込みする患者も多い。矢野さんは「始めると、生活習慣と血糖値の関連に気付き、まめに測るようになる人も多い。必要性を話し、理解してもらうように努力している」と話す。
今年度から200床未満の病院や診療所で、インスリン注射を使用していない患者にも、年1回の血糖自己測定の指導に診療報酬が付くようになった。背景には、国際糖尿病連合が昨年秋、新たに定めたガイドラインで「糖尿病の合併症を減らすには、空腹時の血糖値だけではなく、食後2時間後の血糖値の管理が重要」としたことがある。
食後の高血糖状態が続くと、心血管系の病気を引き起こす恐れがあるほか、糖尿病性網膜症やがんなどの危険性も高まるとの分析がある。
貴田岡(きたおか)正史・公立昭和病院内分泌代謝科部長は「患者が体調管理のために自己測定に取り組むことは、病気と上手に向き合うきっかけになる」と話す。
◇正常高値 空腹時血糖値が100~109ミリグラム--将来、発症しやすいグループ
◇糖尿病学会が新基準「生活習慣の見直しを」
日本糖尿病学会(理事長、門脇孝・東京大教授)は、空腹時血糖値が血液1デシリットル当たり100~109ミリグラムだった場合、「正常高値」と診断する新しい基準を公表した。正常高値は、糖尿病や予備群と診断するには至らない「正常域」の範囲内だが、学会は「健康な人の中でも将来糖尿病になりやすいグループととらえ、生活習慣を見直すきっかけにしてほしい」としている。
学会の診断基準によると、空腹時で血糖値が110ミリグラム未満を「正常域」、110~126ミリグラム未満を「境界域」、126ミリグラム以上を「糖尿病域」と定める。違う日に実施した2回の結果がいずれも「糖尿病域」に該当すると、糖尿病と診断される。
学会は06年、110ミリグラム未満でも食後だけ高血糖になりやすかったり、糖尿病を発症しやすい人が多いことに注目、正常域の引き下げについて検討を始めた。しかし、「正常域の上限を引き下げて、100ミリグラム以上の人を一律に境界域(予備群)とすべきではない」と結論づけ、「正常だが注意が必要」という「正常高値」という区分を新設することにした。
この理由について、門脇理事長は「将来糖尿病になる可能性が高い人をいち早く発見できるが、まったく正常な人を予備群と診断してしまう可能性もある」と説明する。
米国糖尿病協会は、予備群に相当する「IFG(空腹時血糖異常)」を100ミリグラム以上としている。国内でも、今年度から始まった特定健診・保健指導(メタボ健診)では、指導対象を絞り込む基準の一つを「100ミリグラム以上」としている。一方、欧州の専門家は「正常域の上限値を下げるのはまだ科学的根拠が十分でない」と提言するなど、正常域の範囲については世界で議論がある。
学会は「正常高値」の場合は、食後の血糖値の変動などを把握できる「ブドウ糖負荷試験」も実施するよう勧めている。門脇理事長は「負荷試験をすると、正常高値の25~40%が実は予備群であることが分かる。糖尿病に進行しないように、食生活や運動習慣などにより気を使う必要がある」としている。
毎日新聞 2008年6月29日 東京朝刊


